ドキドキです

0

    お茶会まであと2日……!

    ドキドキしてきましたさすがに。

    当日の仕様書などを葵居ゆゆさんがめちゃくちゃ綺麗に仕上げてくださってうおーーーー。

    感謝感激です……。

     

    当日の総合司会は、淡路水さんぴのこ:)

    サブ司会が葵居ゆゆさん晴れ

    お楽しみビンゴタイムは西野花さんと宮本れんさんきらきら

    どうですか!! めちゃくちゃすばらしい布陣。

    もううっとり。

     

    参加者様、そしてスタッフさん誰ひとり欠けても当日を迎えることはできないので、

    皆さん、どうぞお店に来るまでに気をつけていらしてくださいねハート

     

    当日の東京のお天気は曇りときどき雨。降水確率は50%。

    最高気温は20度とわりと暖かいかも。

    一応、折りたたみ傘を持参したほうがよいかもしれませんね。

     

    私はあと2日、はらはらどきどき(大事な荷物を宅配に出すので)

    しながら過ごします。

    でもあっという間に土曜日ですよね。

    どうぞ元気に、笑顔でお会いできますようにkyu

     

    翌日はサイン会ですよ〜〜〜!リボン


    お茶会の準備:2

    0

      お茶会、サイン会まで1週間を切りましたね……!

      ドキドキしていますが、私はホスト役として、

      いらしてくださるゲストの皆様を笑顔でお迎えできるよう努めます。

       

      お茶会のほうは、結構おひとり参加が多いので、テーブル配置としては

      おひとり同士にして、お話しやすいようにと考えています。

      お連れ様がいらっしゃる場合も同様に。

      皆さん、どきどきそわそわしてくださっているかなと思うので、

      できるだけくつろいでいただけるように努力します。

       

      なによりお料理飲み物が美味しいお店なので、

      しっかり食べていってくださいkyu

      このティーパーティが終わったら、お店の場所をブログでご紹介しようと思っています。

      いろんなBL作家さんがパーティやお茶会を開いてくださったらなあー。

      私が行きたいですバラ

       

      さてさて、今週はかなりゆるく仕事を入れていて、

      明日はお茶会の仕込みです。お土産グッズを作ってきます。

      これは全員にお配りします。

       

      水曜は真面目に原稿かな?

      とりあえず次回作の構想は練っているので、通りますように〜あひょうパンダ


      読み物リスト

      0

        ※過去の同人誌を再録。すべて読み切り形式です。

         

        ●岡本さんったら、もう!(『真夏の夜の御伽噺』番外編/2009年頃)

         

        ●世界はセンちゃんでできている(前編/『誓約のうつり香』番外編2006)

         

        ●世界はチカでできている(後編/『誓約のうつり香』番外編2006)

         

        水嶋/澤村『くちびるに銀の弾丸』(『くちびるに銀の弾丸』番外編2008)

         

        劣悪な環境で恋は生まれる(書き下ろしオリジナル2009)

         

        愛してるよ(『チェックインで幕はあがる』2006)

         

        Secret214(『くちびるに銀の弾丸』番外編2006)

         

        温泉、で?(『くちびるに銀の弾丸』番外編 執筆年不明)

         

        求めたら最後(『愛執の鎖』番外編2006)

         

        炎は青く(書き下ろしオリジナル2006)

         

        ボタンをはずして(『黒い愛情』番外編2006)

         

        3アタック(『3シェイク』番外編2008)

         

        チカ☆チカ☆エスカレーション!!(『誓約の移り香』番外編2006)

         

        Just Married!!(諸々ミックス2011)

         

        けんかをやめて(『挑発の15秒』番外編 執筆年不明)

         

        Cult ecstasy(『誓約の移り香』番外編2003)

         

         


        水嶋/澤村(オリジナル2008)

        0

          『よう、澤村。机まわりの片付けが終わったら、一杯呑みに行かないか?』
           電話越しに聞こえる陽気な声に、ちょうどぞうきんで机を拭いていた澤村朗は思わず吹き出してしまった。
          「伊藤さん、その台詞、今日でもう連続三日ですよ。だいたい、今日は仕事納めなんだし、せっかくなんだから伊藤さんも家族サービスで早めに帰ってあげたらいいじゃないですか」
           当然の言葉に電話の向こうにいる上司は唸っているが、やがてちいさなため息とともに、『ナイトシステムきっての遊び人と言われたおまえに説教を食らう日が来るとはなぁ』とぼやいている。
           数年前前までは、ゲームメーカーとして中堅どころをなかなか脱しきれなかったナイトシステムがこの数年でめざましい発展を遂げ、いまでは大御所とも言える位置づけにまでなった。伊藤は、ナイトシステムが送り出す多くのゲームの総監督を務める立場で、広報のチーフである澤村とも気心知れた仲だ。
          『まったく、世も末だ。去年、一昨年までのおまえときたら、年末ギリギリまで遊びほうけるメンバーの筆頭だったじゃないか』
          「人間、変わるときは変わるもんなんですよ」
          『ナマ言いやがって。なんだよ、いい相手でもできたのか?』
          「いい相手かどうかはべつとして、今年の俺はちょっとインドア派になろうかなと」
           鋭い突っ込みを軽くいなし、「ともかく、お疲れさまでした」と笑いながら締めくくった。
          「また年が明けたら、なんだかんだ言って、あちこちの出版社さんやメーカーさんと呑む機会があるんですから。伊藤さんもちょっと胃を休ませておいたほうがいいですよ」
          『わかったわかった、じゃあまたな。おまえはとっとと可愛い恋人のところへ行け』
           最後は半分拗ねたような声とともにガシャリと電話が切れたとたん、「澤村先輩、ホントに今夜の合コン、行かないんですかぁ?」と隣のブースから声がかかった。ぞうきんを折り畳んで振り向けば、同じようにワイシャツの袖をまくった後輩の瀬木が、まだ諦めきれないといった顔をしている。
          「あのなー、合コンはしばらく休むっつっただろ。だいたい、俺がいないほうがおまえとしても勝率が上がっていいじゃねえかよ」
          「そうなんですけどね。でも、ほらやっぱり、僕なりの誠実さっていうのは、澤村先輩のようないかにも遊んでます的なプレイボーイなタイプが隣にいないと霞んじゃうっていうか……ッいてっ、……グーで殴ることないじゃですかー!」
          「俺がいつ、おまえの引き立て役になったんだよ。バカも休み休み言え」
           ちっと舌打ちしたついでに綺麗になった机の隅に放ってあった煙草をくわえて火を点け、思いきり煙を吹きかけてやった。真っ白な煙をもろに浴びせられた瀬木は、わざとらしいまでにゴホゴホと咳き込む真似をする。
          「ま、俺がいなきゃおまえが埋もれちまうってのは真実だろうけどよ。とりあえず、しばらく俺を誘うのはナシ。女と呑むのは仕事の席だけだからな」
          「えー、澤村先輩に『実直』とか『勤勉』って言葉は似合いませんよ〜。ほどほどに遊んでおかないと、いい男のイメージが落ちますよ」
          「見かけ倒しのイメージなんかいらねえよ。んなメッキみたいなもんはすぐに剥がれるだろ」
           さらりと言い放つと、これまでともに、節操なしの女好きとして夜な夜な遊んできた瀬木が茫然とした表情で、「澤村先輩……」と呟く。
          「いつからそんな達観したこと言うようになったんですか……」
          「ちょっと前から」
           そう、ほんとうにちょっと前からなんだよな、と胸の裡で呟き、澤村はにやにやと笑う。口の悪い瀬木が言うように、少し前までの自分というのは仕事ができて顔もいい、一晩限りの女と遊ぶことに道徳観の欠片もなにもあったもんじゃない、プレイボーイと言えば聞こえはいいが、ひとでなしと呼ばれてもおかしくないほどのずる賢い遊び人だった。
           ――それが、たったひとりの相手に焦点を絞るようになっちまったんだから、俺も歳を取ったのか。それとも、相手のほうが上手なのかもしれない。
           自社作品をより多く売るために、大胆なアイデアでアドバンテージを取る澤村とは違い、慎重に慎重を期し、知識と経験を煮詰めた最後に、誰が見てもたまらなくなるようなひと匙の遊びごころを加えることを熟知している男の冷静な横顔を思い浮かべると、どうしたって笑いが浮かんでしまう。
           ゲームという、ある種、完成された箱庭を創り上げることに精魂傾けている水嶋弘貴はクラシカルに整った容姿と抜群の勘の良さを持ち合わせ、ゲーム業界のベストクリエイターとしてつねにトップスリーにランクインしている。
           彼の仕事ぶりをそばで見ていて、パーフェクトな作品というのは一発勝負ではなく、地味な作業の繰り返しの積み重ねの果てにあるものなのだと実感する。ある村の住人としてほのぼのとした暮らしを楽しむ『ぼくらのおやすみ』というシミュレーションゲームのシリーズで、水嶋は現在もヒットを飛ばし続けている。だが、売れているという現状に満足しないのが水嶋という男だ。『ぼくおや』に対する可能性をもっと深く探り続ける一方で、ここ最近では、新規作品の構想も練り始めているらしい。
           自分というのも結構なワーカホリックだが、水嶋はさらに上をいく。そのことをからかい、『たまには長期休暇とか取ったらどう?』と勧めたが、『一週間が限界だ』とあっさり返されてしまった。
          『うまく言えないんだけど、いつも、なにかを考えてないとだめになるんだ。まだまだ、俺はユーザーに楽しんでもらいたい。そういうしこりっていうか……過剰な自意識みたいなものがずっとあるんだ。それを解消するためゲームを創っているんだと思う』
           漠然としたたとえが、いかにも真面目な水嶋らしくて微笑んだものだ。
          「ま、今年はおまえが合コンのキングになれよ。俺はいまの恋人にふられるまで、とりあえずしばらく遊ぶのはやめとくわ」
          「えっ、こ、恋人って……」
           うっかり口をすべらせたことで、顔を強張らせた瀬木がすぐさま食いついてくる。
          「澤村先輩に恋人がいるらしいって噂、最近よく耳にしてたんですけど……ホントにいたんですか! どこで知り合ったんですか!? どんなひとなんですか!」
          「あー、まぁ、そのうち引き合わせる機会があったら会わせてやるよ。なんせ、かなりナイーブな奴なんでさ、俺としてもちょっと気を遣うんだよ」
          「うわ、なんか聞いてるだけでこっちが恥ずかしい……。デリカシーゼロだった澤村先輩にそこまで言わせるひとってどんだけスゴイんですか」
          「誰がデリカシーゼロだ。ひと言余計だ」
           ただただびっくりしている後輩の頭を小突くと、盛大なため息が返ってくる。
          「あーあ……、澤村先輩と張り合うのがおもしろかったのに……。先輩が参加しないんじゃ、つまんないですよ。グラフィッカーの北野くんでも誘って、つつましく忘年会でもやろっかな」
          「やっとけやっとけ。ま、新年会ぐらいはつき合ってやるからよ」
          「なんかヨユーの発言で軽く腹立つなぁ。いいですよ、もう。澤村先輩は可愛い恋人といちゃいちゃしててください。僕ら寂しい独身者と遊んでくれるのはまた来年、ってことですよね」
          「伊藤さんと似たようなこと言うなよ」
           伊藤も瀬木もそろって、判を押したように「可愛い恋人」と茶化す。実際の水嶋と向き合っていると可愛いというよりも手強いと感じることのほうが多いが、それでもやっぱり自分しか知らない一面があるのだ。
           まだぶつぶつ言っている瀬木に笑い出したところに、再び内線がかかってきた。
          「はい、企画部の澤村です」
          『お疲れさま、水嶋だけど。そっちは片付け、終わったか』
          「うん、だいたい。もうちょっとしたらそっちに行くよ」
          『いや、いい。俺のほうはもう終わったから、挨拶がてらおまえのところに寄るよ』
          「あ、そう? 悪いね、わざわざ」
           小声で言いながらそっと隣の様子を窺ってみると、瀬木もやっぱり内線をかけている。『どこの店に行く? もしかしたら、どこも混んでるかもしれないけど』という言葉から予想するに、どうやら彼も合コンには参加せず、仕事仲間の北野と呑みに行くことにしたようだ。
          「なんかさ、俺が合コンに行かないって言ったら瀬木の奴が拗ねちゃって。これから北野と呑みに行くことになったらしいから、あんたも一応ねぎらってやってよ」
          『どういう言いぐさだ。合コン、行きたかったら行ってもいいんだぞ』
          「なに言ってんの。ホントに行ったら、絶対に嫉妬するくせに」
          『しない』
          「するって」
          『絶対にしない』
           断言する男が、不敵な笑いついでに言ってきた。
          『俺が一緒に合コンに行けば、おまえのほうが嫉妬するはずだろ』
          「あんたねー……」
           痛いところを突かれて言葉に窮した。
           確かに、水嶋を連れていけばあっという間に女性が群がるのは目に見えている。同じ男としても、彼のプライベートをあますことなく知る恋人の立場としても、その場面を思い描いて知らずと渋面になってしまうのは、惚れた弱みか。はたまた、やはり彼よりも三つ年下のせいだろうか。
           水嶋が持つ硬質な色気を知るのは、自分だけでいい。生まれ持った品のある笑い方や仕草を少しつつくと、甘い蜜のようにとろりと蕩けていく顔を知るのは、自分だけだ。
          『どうする。合コン、行くか?』
          「行かない。さっさとこっちに来い。瀬木たちに挨拶するんだろ」
           むっとした声で答えると、電話の向こうで可笑しそうな笑い声があがった。それが憎めないのだから、恋の力は案外ばかにできないものだ。


          「ねえねえ水嶋さんも澤村さんも一緒に呑みに行きましょうよー」と懸命にねだる瀬木と北野を、「ハイハイーまた来年な」と適当に引き剥がし、吹き出す一歩手前の男と肩を並べて会社を出たのは、夜の八時過ぎだ。
          「ったく、一週間もすりゃまた仕事で会うっつうのに、あいつらもしつこい」
          「仕事の上司として、後輩に慕われているっていういい証拠じゃないか。そう冷たくあしらうなよ」
           質のいいカシミアでできたシングルコートを着た水嶋が、ふわりと夜風に舞い上がるマフラーの端を押さえながら笑いかけてきた。彼の端整な面差しに似合うそのマフラーは、クリスマスに澤村が贈ったものだ。細身の身体にしっくり馴染むコートをさらに映えさせる色合いのマフラーを水嶋もことのほか気に入っているようで、三日に一度は巻いている。
          「それ、気に入った?」
          「ん? ああ、うん」
           頷く水嶋が照れたようにマフラーをくるりと巻き直す。
          「肌触りがいいから」
          「俺が贈ったヤツだからとくにお気に入りなんだって素直に言えばいいじゃん」
          「……たまにどうしておまえを好きになったんだかわからなくなるよ」
           呆れた声でけちをつけられるのは、もう慣れっこだ。水嶋とて、こっちの図々しい物言いにはさすがにある程度の免疫ができているのだろう。仏頂面は長く続くことなく、澤村が差し向けた他愛ない話にふっと食いついてきて、そのままふたりが住むマンションの最寄り駅まで戻った。
           駅前には遅くまでやっているスーパーがある。そこに立ち寄ると、さすがに年の瀬らしく、多くの客でにぎわっていた。正月用のしめ飾りを手に取り、「こういうの、どうする? 買う?」と聞くと、「うん」と素直な声が返ってきたので、玄関に飾るもの、リビングに飾るものと、スーパーの黄色い籠に放り込んだ。
          「とりあえず、今日のところは鍋にするか。水炊きでいいか、澤村」
          「いいよ。あ、カセットコンロのボンベ、切れてなかった?」
          「切れてたかも。スペアを買っておくか」
          「大晦日まではまあ適当にやるとして、三が日はなに食う? せっかくの休みなんだし、できるだけ外食しないで、家でゆっくり食べようよ」
           澤村としてはなにげないつもりで言ったのだが、水嶋はちょっと驚いたようだ。
          「三が日まるまる、家で過ごすのか?」
          「たまにはそういうのもいいでしょ。普段、お互いに仕事漬けなんだから、年の始めぐらいのんびりしたって罰あたらねえだろ」
          「いや、……うん、そうだけど……」
           まだ不思議そうな顔をしている男が手にしている牛乳パックを取り上げ、「なんだよ。なんか文句あるの」と言うと、「そうじゃない」と水嶋はほんの少し首を傾げる。それから、ふいに可笑しそうに笑った。
          「おまえの口から、『のんびり』なんて聞くとは思わなかった」
          「あのね、俺も一応ひとの子なんだよ。当たり前に疲れて、当たり前に腹が減るんだよ」
          「だったら、三が日は全国各地のうまい雑煮をつくってやる」
          「水嶋さん、そんなもんつくれんの? 誰かに教わったの?」
           意外な言葉に、澤村のほうが驚いてしまった。水嶋が身の回りをきちんとこなす性格だということは前から知っていたが、まさか雑煮までつくれるとは恐れ入った。
          「前に、そういう料理本を買ったんだ。俺もおまえも東京生まれの東京育ちだろ。大根とにんじん、小松菜と鶏肉なんかが入って、醤油でさっぱり味つけしたものがお馴染みだよな。でも、新潟じゃ鮭とイクラが入ってたり、京都の丸餅と西京味噌でつくる雑煮も旨そうなんだ。何度か試しにつくったことがあるから、旨いと思う」
          「へえ、楽しみ。んじゃ、そのあたりの材料も買っておくか」
           ふたりでああだこうだと言いながら、黄色い籠ふたつぶんの買い物を終えて自宅に戻り、楽な部屋着に着替えたあとは手早く水炊きの準備に取りかかった。互いに無言なのは、腹が減っている証拠だと思うと、吹き出したくなる。水炊きに合わせてとっておきの日本酒を出し、ぬるめの燗にした。
           自由が丘にある水嶋のマンションは、トップクリエイターらしく広々とした間取りで豪華なものだが、今年はリビングにこたつが加わった。もともと床暖房のある部屋だからこたつは必要ないのだが、澤村が、「日本人らしい冬休みには、やっぱこたつでしょ」と言ったところ、水嶋も、「まあ、そうか」と悪くない顔をしていた。
          「おっ、煮えてきた煮えてきた」
           カセットコンロで煮え立つ鍋の蓋を開け、ふわっとした蒸気があがったところで水嶋がタイミングよくこたつに入ってきた。
          「ちょっと早いけど、今年も一年お疲れさま」
           水嶋の杯にとっくりを傾けてやれば、彼も同じことをしてくれる。それから、互いに笑って杯を軽く触れ合わせた。
          「お疲れさま。……うん、旨い」
           日本酒の香りを楽しむ水嶋が目元をうっすらと染めていくのを間近で見ているのは、楽しい。テレビを点けなくても、ぐつぐつ煮えた鍋をのぞき込みながら今年一年の出来事をつらつら話しているだけで、とても楽しい。
           ――たぶん、お互いの素顔を知ったからなんだろうな。
           あらかた食べ終えたところで満足そうに腹を撫で、煙草をくわえた水嶋にライターを向けてやると、安心しきった顔で彼も身体をすり寄せてくる。たった数時間前までは、瀬木や北野に、『来年もよろしく』とかしこまった表情で言っていたくせに、いまではすっかりくつろぎ、薄手のボタンダウンのシャツの胸元もゆるくはだけている。
           部屋にいるとき、気軽なスゥエット姿で過ごす澤村に対して、水嶋はシャツとパンツといった、わりあいきちんとしたスタイルが多い。その凜とした姿が少しずつ、少しずつ甘くほどけていくのは、杯を重ねたせいだけではないだろう。
          「あー……、一週間も休めるのか。こんなにのんびりした冬休みも久々だな。いつもはぎりぎりまで仕事してたから」
          「年末年始ぐらいは休んだほうがいいって。あんたみたいな仕事バカは一年に一回ぐらい、まとまった休みが必要なんだよ」
          「バカはよけいだ。明日は部屋の掃除をして、明後日はまあ適当にのんびりして……」
           指を折ってなにかを考えていたらしいが、酔いも手伝って、途中で面倒になったのだろう。水嶋が無言で杯を突き出してきたので、澤村は笑いながら、「あとちょっとだけな」と言ってとっくりに残った酒をついでやった。
           几帳面で、いつどんなときでも自分を厳しく律している水嶋がここまでゆるくなってくれるとは思っていなかったから可笑しい。
           いい仕事をするぶんだけ、つねに神経の糸をぎりぎりまで張り詰めさせているのだろう。作品に対して真摯に向き合う姿を、澤村もよく知っているから、いま、こんなふうに自分のそばで、少し眠たそうに瞼を擦っている姿がなんとも可愛く見えるのだ。
          「この休みのあいだぐらいは、なーんにも考えないで過ごしなよ。たまには頭、空っぽにするのって大事だよ」
          「なにも、考えない……」
           杯の縁をちらっと舐め、意味ありげな視線を向けてくる水嶋の頬のあたがやけに艶めかしい。さすがに呑ませすぎただろうかと思ったが、――まあいいか、明日も明後日も休みなんだし、と杯をあおったところで、いきなり手を掴まれた。
          「なに、どしたの」
          「……したい」
          「あ?」
           扇情的なまなざしが真正面に迫り、不覚にもどきりとしてしまった。切れ長の目元がほのかに潤み、くちびるが半開きだ。
          「朗、したい、……いますぐ」
          「なっ、ちょ、水嶋さ……」
          「違うだろ」
           両腕がするっと首に巻き付き、焦れったそうにこたつの布団をどけて、水嶋が膝の上に乗ってくる。
          「いつもみたいに、名前、呼べよ」
          「ひろ……」
           最後まで言い終えられないうちに、濡れたくちびるが重なってきた。はぁっ、とこぼれる吐息はただただ甘く、ぬるりと絡み付いてくる舌がひどく熱っぽい。そのままうずうずと舌の表面を擦り合わせて、もどかしい快感の切れ端を掴んだところで、勢いのついた澤村が水嶋のうなじを掴んでのけぞらせ、たっぷりとした唾液を伝わせると、こくりと喉の鳴る音がする。
          「ん――っ……ふ……」
           無防備な喉元に噛みついてやると、熱い弾力がじかに感じ取れてたまらない。力の加減を考えずに獰猛に食い散らかしたい気分と、水嶋が啜り泣き、しゃくり上げてせがむまで焦れさせたい気分がない交ぜになって、いつまでも舌をもつれ合わせていたくなる。
           全身を覆い尽くすような欲情をなだめるように背中を撫でてやっても、いまの水嶋には逆効果のようだ。苦しいぐらいに身体を押しつけてきて、制御のきかない昂ぶりがあることを無言のうちに伝えてくる。
          「なんだよ、あんた、もう硬くなってんじゃん」
           からかいながらそこをつつくと、無意識に腰をくねらせ、欲情に染まりきった視線が真っ向からぶつかってきた。
          「だって、……なにも考えなくて、いいんだろ……」
           こんな顔で、こんなことを言われたら、もうお手上げだ。
           水嶋から求めてくることはあまりないが、肌を重ねれば敏感な反応を見せる。セックスそのものは嫌いじゃないはずだ。ただ、スマートな誘い方を知らないだけで、いまもこっちの言葉に乗っかっているだけなのだろうが、それが逆に澤村を煽るのだ。
           巧みな誘い方を知らなくても、水嶋は素直な感情をいまだ大切に胸に持っている。そうとわかったら、よけいに乱れさせたくなる。
          「なに、したい? どうしたい? 弘貴の好きなようにしてみなよ」
          「……舐めたい。朗のここ、舐めて、いいか」
           火照る頬を擦りつけ、視線を絡める水嶋が、スゥエットパンツの上からゆるくそこを撫で回してくる。長い冬休みに入った嬉しさと、強い日本酒のせいで理性のたがが吹っ飛んだのだろう。くすくすと笑いながらこたつを軽くうしろに押しててやると、そのぶん、とぎれとぎれの吐息も下のほうへとずれていく。
           スゥエットパンツの中に手が入り込み、やんわりと握り込まれただけで、びくっと反応してしまった。
           そのことに水嶋がちいさく笑ったので、思わず彼の頭を両手で掴んでしまった。
           長い指が絡み付き、剥き出しにしていく。ぐうっと根元から勃ちあがった男根の張り出した先端のくぼみに、ぷくんと噴き出すとろみが竿を伝い落ちていくのを、水嶋は黙って見つめている。
           ひたと張りつく視線を感じるだけで身体中を炙られるようで、いたたまれない。
          「んなに……見んなって……はやく、舐めろよ……」
          「まだ。もう少し」
           ぽつんと呟く水嶋のさらさらした髪が太腿の付け根に触れては離れ、くすぐったい。
          「……おまえのここ……、こんなにいやらしい色になるんだ」
          「そりゃ、あんたに触られたら、いくら俺でもたまんねえっつうの」
           くそ、となじりながら、澤村はかすかに身じろぎした。あともう少しこのままの状態を続けられるのだったら、こっちが押し倒してやる。
           ふいに水嶋が楽しげな顔を近づけてきた。
          「朗、俺に夢中だろ」
          「……え?」
           思いがけない言葉に目を剥いている澤村に構わず、水嶋は身体の位置をずらし、突き立ったペニスをいきなり口の奥へと含む。
          「ん……ん……っ……っ」
          「バカ……いきなり、しゃぶるからだろ……」
           軽く咳き込んでいる男の背中をさすってやったが、腰から下に火が点いてしまった感覚に飲み込まれてしまってまともに思考が働かない。水嶋のほうも同じようだ。じゅるっ、じゅぽっ、とあからさまな音を立てながらくびれに吸い付いてきて、舌をくねり回してくる。ときどき、確信めいた目を向けられるのがたまらなくいい。
          「ヤバ……あんた、なにその顔……なんだよ、スゲエ、いい顔する……」
          「……朗の、舐めてる、から……」
           奥まで含んでいるせいでくぐもった声がどうしようもなく淫らで、潔癖な印象が強い水嶋がさらに深く胸に食い込んでくるようだった。両手で掴んだ澤村のそこをずるぅっと根元まで舌を這わせたあと、もう一度亀頭をねっとりとしゃぶる男の息遣いは浅く、せっぱ詰まっている。ひたむきな奉仕の仕方は最初の頃とまったく変わらなくて、それが澤村を微笑ませるのだ。
           けれど、毎日、少しずつ、変わっていく。一緒に過ごすなかで、互いに影響を及ぼし合う。そのことを熱く湿っていく肌で、指遣いで知る。スタイリッシュなインテリアの中にこたつなんていう和みのアイテムを採り入れたり、ふたりっきりの時間、空間ならば前よりも大胆に、奔放に求めたり。そうやって、自分の持っているものをひとつずつ共有していく楽しさは、水嶋だけに感じたものだ。
           くちゅ、とちいさな音を立てて先端からあふれ出すしずくを舐め取る男の赤く濡れた舌先を見ていたら、我慢できなくなってきた。
          「シャツ、脱いで」
          「……ん……」
           ぼうっとのぼせたような顔中にキスしているあいだ、水嶋が膝立ちして自分のシャツのボタンをひとつずつはずしていく。澤村のものを舐めているあいだに自分まで感じていたらしく、指先が細かに震えているのを知り、澤村は笑いながら一緒にボタンをはずしてやった。
          「乳首、弄っていい? 舐め回していい? あんたが痛がるほど噛んでもいい?」
           しばらくの間があったあと、こくん、と頷く男のシャツをはだけ、つぶらかな尖りが外気に触れて硬くしこるのを間近で見たら、頭で考えるよりも先にくちびるを押し当てていた。
          「あ、……あ……朗っ……」
           最初から思いきり噛んでやった。
           平らな胸にいやらしく突き出る両方の乳首をぐりぐりとこね回し、根元をきゅうっと噛むと、「あ」と声をあげて、水嶋が喉をのけぞらせる。ここを弄られることに水嶋はあまり積極的ではないことが、澤村をよけいに楽しませるのだ。
          「ホントはあんた、ここ、めちゃくちゃ感じるんだよな。乳首、ぬるぬるになるぐらい舐めまくってやると、うしろもスゲエ締まるし……」
          「ばか、なこと……言うな……っ」
          「じゃ、やめる?」
           淫猥に舐めしゃぶっていたそこからふいに顔を離すと、水嶋がぱっと表情を変える。困惑や羞恥、怒りを複雑に絡め合わせた最後に、抑えきれない快感に負けたらしい。
          「――して、……いい、から」
          「してほしい? 乳首をいっぱい弄って舐めて、って一度ぐらい言ってみなよ」
          「……ッ……!」
           凄絶な色気を交えた視線でぎらりと射抜かれた。そんなはしたないことを言うなら舌を噛んで死んだほうがましだとでもいうような顔で、思わず笑い出したくなる。
           土壇場に追い込まれてもなかなか崩れようとしない芯の強さこそ、彼に惹かれるゆえんだ。
          「あんたのそういう顔、大好きだよ。やらしいことをたくさんしてほしいくせに、いつまで経っても素直に言えねえんだよな」
          「……朗……っ」
           睨まれたところで、核心を突いているという自信があったから笑いかけてやった。
          「してあげるよ、たくさん」
           もう一度乳首に舌を這わせ、くちゅくちゅと舐め転がした。
          「あ……ぅ……っ……ん、ん……っ」
           真っ赤に腫れ上がった肉芽を執拗にいたぶられる水嶋の声は、もう掠れ気味だ。そのうち、快感に溺れて、無意識に胸をせり出すような格好にそそられる。膝をがくがく震わせて倒れ込みそうになる腰を支え、「もうちょっとこのまま」と命じると、肩を掴んできて必死にバランスを取ろうとするのが妙に健気だ。
           胸を弄りながら、スラックスのジッパーの上から何度も指で形をなぞると、泣き出しそうな感じの声が降ってきた。
          「……も、ぉ……いい、から……っ」
          「いいって、なにが。触っていいってこと?」
          「ん……ん、……」
           上手なねだり方をいつまで経っても覚えない男に微笑み、膝立ちにさせたまま、ジッパーをゆっくりと下ろした。金属のジリッと噛む音が水嶋にもよく聞こえるように、もったいをつけて下ろしてやり、下着ごと軽く揉み込むと、いきなり強くしがみつかれた。
          「へぇ……今日の弘貴、いつもより感じすぎ。下着まで滲んでるじゃん」
          「言う、な……っ……んっ、ぁ――あぁ……っ」
           窮屈な感じで下着の脇から硬く勃起したペニスをはみ出させて擦るだけで、ぬるっと濡れる感触が伝わってくる。
          「あ……朗、ろう、――ん……っく……っ……っや……っ」
           白いシャツは半端にはだけたまま、スラックスも膝までしか下ろしていなくて、ぬちゅぬちゅと澤村が性器を扱いてやるたびに下着がきつく食い込むのが鋭い快感になるらしい。
          「……もぉ、……い、やだ、……こんな、格好……」
          「そう? 俺はまだまだ見てたいけど。あんたが男の俺にいろんなことをされてよがりまくる顔、好きなんだよ」
           かっと顔を赤くする水嶋の指を素早く掴んで、自分の口に含ませた。
          「舐めて。しゃぶって。いっぱい。あんたのここ、ほぐすから」
          「……朗……」
           ひくひくとしなるペニスからうしろを辿り、きつく締まる窄まりを軽く押してやると、声がぐずぐずと蕩けていく。
           ――俺だけが知っている顔と、身体だ。お互いにいろんな過去を持っているけど、これから先、この顔と、この体温と、しなやかさを知るのは俺だけだ。
           隙さえあればいつでも食らいつきたくなるあんたを抱くのは同じ男の自分だと、何度でも言って、何度でも怒らせて、そのたびに求めさせたい。他の誰でもない、この快感を分かち合えるのは互いしかいないのだと、水嶋に徹底的にわからせてやりたい。
           口内をくちゅくちゅと動く指にたっぷりと唾液を絡ませるあいだ、自分の指を水嶋のくちびるに咥えさせた。
          「ん、ぅ、ん、ぁっ」
           濡れた場所を犯されることで、水嶋はもうひとつの繋がり方を覚えたのだろう。澤村の指の根元まで丁寧にしゃぶり、つぅっと垂れ落ちる唾液にも構わない。剥き出しにした性器を擦れ合わせ、ぬるつく快感に互いに掠れた吐息を漏らしたあと、ひくつく窄まりにゆっくりと指を挿れて拡げてやった。もちろん、彼の指も一緒に。
          「あ――あ……っあ、あぁ……っ」
          「ハハ、……中、マジで熱い。こんなぐずぐずになってるところに挿れたら、すぐイッちゃうんじゃん?」
          「う……」
           しがみついてくる男の指と一緒に、熱く狭い場所をぬちぬちと拡げてやると、水嶋が息を切らしてキスを求めてくる。
          「朗……ろう……っ」
           水嶋の身体はどこもかしこも火照っていて、唾液が甘くとろりと混ざり合い、奥のほうも淫猥に絡み付いてくる。
          「このまま……俺にまたがったまま、挿れてみて」
          「……っ……」
           騎乗位は水嶋がもっとも嫌がる体位で、澤村がもっとも好きな体位だ。
           みずから受け入れるところをすべて見られるのが、水嶋にとっては恥ずかしくてたまらないのだろう。むろん、澤村にとってはそれが快感で、軽く揺すってやるだけで、ぬくっ、と大きく張り出した亀頭を飲み込んでいく水嶋の表情の変化をひとつも見落とすことなく、好き勝手にあちこち弄れるのも楽しい。
          「あ……あ……ぁっ……」
          「もうちょい、奥……まで」
           長い時間をかけてようやく全部収めきったところで、はっ、と大きな息を吐いた。いつ、何度抱いても敏感な身体を、もっと追い詰めてやりたい。もっと狂わせてやりたい。もっともっと熱くさせてやりたい。
          「……おかしくしてやりたいよ、あんたのこと。俺とはめっぱなしでいないと気ぃ狂うぐらい」
          「……朗、……あ、……っ!」
           かすかに笑いながらぐっと腰をひねり入れると、悲鳴混じりの声があがる。
          「……いき、なり、うごく、な……っ」
          「だからって、いつまでもじっとしてろっていうの? んな生殺し、勘弁してよ」
           呟くあいだにも熱い襞がねっとりと絡み付いてきて、暴走しそうだ。
          「でも……、朗、……あっ……あぁっ」
           下から強く突き上げると、反論できなくなった水嶋が必死にしがみついてくる。その動きひとつで、もっと深く、もっと強い熱が待っている場所へ連れていかれる気分だ。
          「あっ、あっ、あぁっ」
           尻をきつく掴んで揺さぶり、奥まで怒張したものをねじ込んだ。ぬるりとしたしずくをまといつかせたそれで水嶋の身体の奥の奥まで犯し、肩にきつく食い込む指の強さに息を切らして笑った。それから、彼の背中を支えて一気に押し倒した。床にはやわらかなラグが敷いてあるから、水嶋が痛みに泣くこともない。
          「……朗……」
           伸ばしてきた指先に、くちづけた。
           暖かな灯りの下、清潔なシャツも髪もぐしゃぐしゃに乱して両脚を拡げる男の仕草のひとつひとつが、どうしてこうも鮮やかに、淫らに映るのだろう。
           冷めやらぬ熱を宿したくちびるを吸い取りながら、ずるく、ゆるく、きつく、腰を動かし始めた。根元までぐぷっと押し込み、互いのくさむらが擦れ合うぐらいの密着感に鼓動が駆け上がっていく。
          「ん、ん――……ぁっ……」
           ぐしゅぐしゅと音がこだまするほどに貫き、水嶋のそこが耐えきれずにひくついているのを見て扱いてやると、軽い呻き声とともに腕の中の身体が強くしなる。
          「ぁ……、あぁ、っいきた……い、く、っ……っ」
          「ん、……俺も」
           びゅくっと吐き出す白濁で自分の肌をはしたなく汚すことに泣きじゃくる寸前の男を抱きすくめ、激しく突いて奥まではめ込んだまま、溜めていたものをどっとほとばしらせた。
          「あ……あ……」
           達したばかりの水嶋の身体が艶めかしくひくつき、ぞくぞくするような快感がどこまでも尾を引くようだった。長く、終わらない射精で男の身体の隅々まで濡らし、もう一度でも、何度でも辱めてやりたくなる衝動に駆られる。
          「よかった?」
          「……うん……」
           ぼんやりと頷く水嶋の熱い頬をさすってやった。どうしても、どうしても笑いが抑えきれない。あんまりにも素直で、正直で、嘘がつけない男を抱いていて、さまざまな感情がふわりと煙のように浮かんでは消える。
           ――いつまで、一緒にいられるんだろう? あんたは俺に飽きたりしないのかな? 面倒なことが起きて、俺たちが離ればなれにならなきゃいけなくなったりするときが来るんだろうか?
           つかの間、胸に浮かんだ、名前のつけられない感情を悟ったかのように、水嶋が息を途切れさせながら、「朗」と呟いて手を掴んできた。その温もりに少し驚き、引き寄せられるままにした。たったいま、強烈な情欲を分かち合ったばかりなのに、その声はとてもやさしい。
          「ずっと、一緒にいるんだろ」
           言葉にしなくても、胸にある想いの方向は同じだ。そうとわかったら、やっぱり笑いたくなる。年齢も、キャリアも関係ないところでシンプルな想いを分かち合える相手が腕の中にいることに、心から微笑みたくなる。
          「そうだね。ずっと一緒にいるよ」
          「……うん」
           背中に回された手のやさしさに応えるように、澤村は自分と同じように目縁をゆるませている男の頬にそっとくちづけた。額やくちびるに繰り返しくちづけていると、水嶋の中で再びむくりと硬さが増していく。そのことにいち早く気づいたのは、どっちだろう。
          「いい?」
          「……いちいち聞かなくても、わかってるんだろ」
          「まあね」
           まなじりを赤くして睨み付けてくる男の耳たぶを甘く噛むと、とても熱い。一度達したあとのさらなる快感を、水嶋ももうよく知っているはずだ。
           形ばかりの抵抗を易々と抑え込み、「愛してるよ」と囁きながら動き出すと、「知ってる」と無愛想なふりをしようとして失敗し、掠れた声に、やっぱり笑ってしまった。


           そんなふうにして、毎日はいつになく穏やかに過ぎていく。
           澄みきった冬の晴れた日、ふたりが住む部屋の隅から隅までを掃除した最後には互いに盛大にくしゃみをしたところで笑い合い、風呂に入ってじゃれ、昂ぶる熱をいつまでも楽しんだ。時間も場所も気にせず、いたずらに触れ合うのは初めてかもしれない。何度抱き合っても、まだ知らない深みがある。そのことを指摘すると、はっきりとわかるぐらいに水嶋が顔を赤らめたので、からかうついでにキスをし、その先へと繋げていった。
          「あー、とうとう今年も終わりかぁ」
           大晦日の晩、すっかり綺麗に片付いたリビングで澤村はこたつにもぐり込み、のんびりとテレビを見ていた。右斜めに座る水嶋に、「お茶でも淹れようか」と聞くと、「うん」と返ってきたので、キッチンに立った。リビングにもキッチンにも、まだ、カレーのいい匂いが漂っている。一年の締めくくりに、「なに食べようか」と聞いたら、「おまえのつくるカレーが食べたい」と水嶋が言ったので、ひとつ腕をふるうことになったのだった。
           ――カレーもそうだけど、お茶もそう。これと目をつけた女はどこの誰よりも先に落とすと豪語していた俺が、今年は三つ年上の男のためだけにこまめに世話してやっているなんて。
           自分で考えてみても凄まじい変化に、苦笑いしてしまう。
           だけど、満たされるから構わない。
           精緻で美しく、誰も知らない楽しさをぎっしり詰め込んだゲームを生み出すことに精魂傾けている男の素顔をすぐそばで見られる冬休みは、まだまだ続く。
           ほわほわと白い湯気を立てるケトルのそばにいるあいだにも、テレビからはカウントダウンのにぎやかな声が聞こえてくる。仕事でパソコンにかじりついているときとは違い、キッチンカウンター越しに見える水嶋の横顔は安心しきったもので、思わず微笑んでしまう。
           彼の好みの温度で日本茶を淹れ、今日の日のために隠しておいたものを脇に挟んでリビングへと戻った。
          「はい、お茶」
          「ありがとう。……なんだ、これ」
           カタン、とこたつの上に置いた四角い紙包みに水嶋は不思議そうな顔を向けてくる。そういう顔がとても好きなのだと、いまさらながらに気づいた。なにも取りつくろうことなく、自然とあふれ出す感情をずっと隣で見ていたいから、「開けてみて」とうながした。
           お茶を一口飲んでから、水嶋がかさかさと紙包みを開け、やがて、声をあげて笑い出した。
          「これ、いつ作ったんだ」
          「休みに入る前。あとで飾ってもいい?」
          「うん。じゃあ、初詣に行く前に飾るか」
           四角いものを楽しげに弄りながら、水嶋は、ふふ、とまだ笑っている。
          「先、越された。俺が年明けにでも作ろうと思ってたのに」
          「せっかく新年を迎えるから、記念にと思ってさ。いまのと同じサイズで作ってもらったから、ちゃんとはまると思う」
           水嶋が手にしている長方形の白いプラスティックには、「水嶋/澤村」と黒く彫り込まれている。
           この部屋はもともと水嶋のもので、同居を始めたばかりのいまもまだ、表札は彼の名前だけだ。そこに自分の名前を加えてもらうことで、新しい年、新しい毎日を一緒に迎えたい。
           こんなふうに他愛ない毎日がずっと続くように。
           新しい年が来て、再び忙しい日々が始まっても、この表札がかかる部屋に戻ってくれば、ふたりきりの時間が待っていることを心から信じられるように。
          「ありがとう、朗」
           嬉しそうに表札をなぞる水嶋がもう一度礼を口にしたとき、ちょうどテレビでも新年の挨拶が始まったので、澤村は顔を引き締めて正座し、手をつく。水嶋も慌てて同じように手をついている。
          「あけまして、おめでとうございます」
          「今年も、どうぞよろしくお願いします」
           かしこまった挨拶に頭を深々と下げたあと、顔を見合わせて吹き出した。
           時間は昨日から今日へと滞りなく進んでいく。甘いキスをひとつしたら、互いに手を繋いで、寒い北風が夜空へと舞い上がる外へと出かけるのだ。
           毎年、少しだけなにかが新しくなる年の初めを祝うために。
           ふたりで紡いでいく時間の中に、いくつもの楽しさを見つけるために。
           しあわせなスタートは、もう始まっている。


          ドタバタと野望

          0

            お茶会も間もなくというところでいろいろ慌てていますが、

            7割ぐらいまでは準備できたので、あとは忘れ物がないかどうか確認するだけです。

            うーん緊張する……ぴのこ:)

             

            なにはともあれ、しっかり準備して

            万が一アクシデントがあっても乗り切れるようにしておきます!

            お茶会に参加される方は、どうぞ会場まで気をつけていらしてくださいねハート

             

            このお茶会が無事終わったら、庭のあとにオフ会と称して

            5〜10名のこぢんまりしたお茶会(ごはん会?)を

            開けたらいいな〜という野望があります。来年の秋とか。

            読者さんともっといろいろお話したいです。

             

            へへ、まずは11/11お茶会、そしてサイン会です。

            どちらかにいらっしゃる方、どちらにも来てくださる方、

            私が精一杯の笑顔で(前の晩めちゃ全身マッサージされまくってるはず)

            出迎えますので、たくさんお話しましょうねkyu

            お天気もきっと大丈夫なはずSMILY

            気持ちいい秋晴れに恵まれますようにキラキラ

             

            ※拍手ぽちぽちありがとうございます! お返事です。遅くなって申し訳ございません……!

             

            10/20 19:27 大阪在住なので、お茶...さん

            大阪、来年1月のインテに出る予定です! もしご都合がつきましたら、ぜひいらしてくださいね:)


            劣悪な環境で恋は生まれる(オリジナル2009)

            0


              「ちょっと、花沢さん、いつまでおにぎりの補充に時間かけてんですか。早くしてくれないと、客が来ちゃいますよ」
              「あ、すみません。いますぐやります」
               専用トラックから運ばれた新しいおにぎりに、新人バイトの花沢京がじっと見入っている。バックヤードから出てきた吉田強が苛々と声をかけると、花沢はようやく新しいおにぎりを棚に詰め始めた。そのもたもたしている動きを見るかぎり、コンビニのバイトは慣れていないのだろう。
               ――三十歳過ぎのおっさんがコンビニのバイトか。丁寧な態度で言葉遣いもきちんとしてるけど、この時間帯に勤務してるってことはリストラされたか、もしくはこれからされるのか。
               斜な目で見ながら吉田はレジに入り、二台のキャッシャーの中身をチェックする。冬の明け方、四時前後は客の出入りが少ないが、これがあと三十分もすれば、朝一番で仕事場に駆けつける客がおにぎりやら缶コーヒーやら菓子パンやら煙草やらを求めて殺到する。
               だからといって、嵐の前の静けさを楽しむわけにはいかない。時間の隙を縫うように小さな店のあちこちを掃除し、欠けている商品がないかどうかチェックするかたわら、たまにやってくる客の動向にも目を配らなければいけない。
               客が少ない時間帯というのは、言い換えれば危険度が増す時間帯でもあるのだ。二十四時間開いていて、いくばくかの現金がつねに置いてあるコンビニはせっぱ詰まった強盗に目をつけられやすい。
               ついこの間も、同じ町内のコンビニが夜更けに刃物を持った男に押し入られた。幸い、店員には怪我はなかったものの、数万円の売り上げを奪われ、ちょっとした騒ぎになってしまった。どこのコンビニも朝夜問わず二人から三人、多いときでは四人以上の態勢で勤務しているが、二人だけの場合、片方がうっかり休憩に入っていたり、店の外で煙草を吸っていたりすると、とんでもない目に遭う。近所のコンビニ強盗も、もうひとりの店員が休憩中で、店の外でずっと彼女と携帯電話で喋っていたため、騒ぎに気づくのが遅れたらしい。おかげで、刃物で脅された店員は怖がって辞めてしまい、もうひとりの店員も責任を感じて辞めてしまった。
               この不況時に、どこのコンビニでもつねに人員募集をしているのは、そういう理由もあるんじゃないかと吉田は思う。
               週三日から、一日三時間でもオーケー。細切れのパートタイムにしては、コンビニは重労働だ。店の狭さに反比例して扱う品数は眩暈がするほど多いし、客がいっせいに詰めかけるときに手際が悪いと怒鳴られることもある。
               だから、五日前に雇われた花沢に挨拶したときも、ぱっと一目で、――一週間保たねえだろうなと判断していた。二十五歳で、学生時代に柔道で鍛えてきた吉田はいかつい相貌と百八十五センチある屈強な体躯に恵まれ、たいていの客は威嚇できると自信がある。
               しかし、花沢は細身で頭ひとつ低い。たぶん、百七十センチぎりぎりというところだろうか。地味目だが、よくよく見ると端整な顔立ちをしていて、しなやかな身体つきをしている。若干人見知りをする性格らしく、吉田と初めて顔を合わせたときもかなり緊張した様子だった。
               十月の終わり、長袖のきちんとしたシャツにコンビニ専用の青いユニフォームを着た花沢は、何十個、何百個とあるおにぎりをきちんと奥のほうから詰めていく。その横顔をちらっと見ただけなら、まだ二十代といっても通用する若さだ。
              『……え、花沢さんって三十二歳なの? 見えねー』
              『よく言われるよ』
               最初に交わした会話がこんな感じだったから、その後も目上、目下と妙に気遣うことなく喋った。だいたい、このコンビニにおいては吉田のほうが先輩格だ。
              「もったいないよね、このおにぎり。賞味期限を一時間過ぎただけで廃棄されるなんて」
               棚の上段、端から梅のおにぎり二列、鮭のおにぎり二列、おかかのおにぎり一列、たらこ、野沢菜のおにぎりも一列ずつ補充していく花沢が、売れ残ったおにぎりを手にしてぽつりと呟く。
              「しょうがねえじゃん。そういう決まりなんだし、賞味期限切れのものを売って腹を壊す奴が出たら、花沢さん、責任取れんの? はい、手を休めないでどんどん補充。サンドイッチと麺類もあんだからさ」
              「はい」
               吉田の言い付けに従って花沢はさっき入荷してきたばかりのサンドイッチに麺類、サラダと棚に詰め込んでいく。だが、その視線は、廃棄処分にされる予定のおにぎりや総菜に釘付けだ。
               彼がそんな目をしていたのは今日が初めてではない。思えば、バイト初日から残り物をもったいなさそうに見ていた。
              「あのさー、花沢さん、ちゃんとメシ食ってる?」
              「え? あ、いや、その」
               食品類の補充がだいたい終わったところで、レジに戻り、おでんのつゆの温度を確かめながら聞いてみると、意外なほどびっくりされた。
              「メシ、ちゃんと食えてないから残り物に未練タラタラなわけ?」
              「そうじゃなくて……いや、そういう部分もあるけど……ただ、ほんとうにもったいないなと思って。いま、すごく不況でしょう。一日一食がぎりぎりってひともじつはかなり多いのに、こんなふうに一時間過ぎただけで処分するのって、なんか、需要と供給のバランスが取れてない気がして」
              「だからって、自分がおにぎり食いてえ、とにかく米食いてえってコンビニに駆け込んだときに、サンドイッチしかなかったらガックリするでしょうが」
              「そうだね。吉田くんの言うとおりかもしれない。僕はいつも読みが甘いから」
               歳上の男のぽそぽそした声にいちいち機嫌を取っていられるかと思うが、二人しかいない状況で事を荒立てるのもどうかと思ったので、「ま、花沢さんの言うこともわからんでもないけどさ」と表面が半分乾いたはんぺんにつゆをたっぷりかける。
              「でもやっぱり、賞味期限は大事なんだよ。三日も四日も新鮮なおにぎりがあったらそっちのほうが怖いじゃん。どんな強烈な防腐剤が入ってんのかってびびるよ。需要と供給が合ってないって花沢さんは言ったけど、入荷したぶん、残り物が多く出るのは俺らの責任じゃなくて、店長の見積もりが甘いのが責任。だから、辛気くさい顔してないで。なんかを可哀相たがりたいなら、レジ横にある災害募金に献金でもしたらどうですか。最近、世の中いろいろ大変なんだからさ」
               自分でも口が悪いなと思ったが、花沢は黙って聞いていた。それから口元をほころばせ、「うん」と頷き、スラックスのポケットから小銭入れを取り出して、百円玉を一枚、募金箱に落とした。


               毎週、月、水、金に吉田はコンビニのバイトに入る。そのうち、水曜は夜勤で、偶然にも花沢とコンビを組むことになった。週に一回しか顔を合わせないと言っても、水曜の深夜バイトはいまのところ花沢と二人きりなので、商品チェックや仕入れの際、それと客が来ないときにはとりとめのないことを話すようになった。一週間保たないかと危ぶんでいた花沢だが、思いのほか、粘り強く頑張っている。
               七歳上の花沢は、外資系の大手証券会社に勤めているらしい。だが、未曾有の不況により、周囲がどんどんリストラされていくのを目の当たりにし、いつ自分も首を切られるのかと思ったら、いてもたってもいられなくなったようだ。
              『万が一のために、少しでも稼いでおこうかと思って』
               昼間はサラリーマンとして働いているから、コンビニでのバイトを深夜にしたのはそういう理由からとのことだった。
              『でもさ、会社勤めのひとって、普通、本業以外のバイトは禁止なんじゃねえの?』
              『うん。うちの会社でも禁止事項に入ってる。だから、内緒でやってるんだ。ここのコンビニは勤務先からだいぶ離れてるから、会社のひとが来る確率はかなり低い。……このことは誰にも内緒にしてほしい』
              『ふーん、まあ、いいけど』
               七歳上の男に頭を下げられ、『内緒にしてほしい』と言われて悪い気はしない。弱みを掴んだと言ったら嫌な顔をするひともいそうだが、バイト先でしか会わない人間のウィークポイントをひとつでも先取すれば、なにかと好都合だ。休憩時間を勝手に引き延ばしてバックヤードでだらだらしていてもいいし、面倒な商品搬入も花沢に押しつけてしまえばいい――という小狡いことをするのではなく、相手の弱みを知っているだけでも、吉田は楽しいたちだった。
              「そういう吉田くんは? 大学生……じゃないよね」
              「とっくに卒業してるよ。掛け持ちのバイトで食いつないでる。いまどきめずらしくもないフリーターってやつ」
              「そうか、……大変だよね。先が見えないってのも、不安でしょう」
              「べつに」
               花沢の心配を一蹴し、吉田は雑誌コーナーの整理を始める。立ち読みが多い店なので、手前に並ぶ雑誌は表紙の端が折れたり、破れたりしている。
               雑誌や漫画のたぐいを熟読している客を見かけると、たまにわざと、「すみませーん、ちょっと整理させてくださーい」と笑顔で割って入ることにしている。
               おまえが読みふけっている雑誌はタダじゃねえんだよ、売り物だってわかってんのかこの野郎、と怒鳴りつけたくなるのはしょっちゅうだ。吉田自身、雑誌の中身をちょこっとのぞきたくなる気持ちはよくわかる。だが、図々しい客は本気で凄まじい。一時間も二時間もかけて、さまざまな種類の本を立ち読みし、挙げ句なにも買わずに満足して帰られると、タダ読み代ならぬ居座り代をぶんどりたくなるのだ。
               とはいえ、そういう客が多くなったのも、世間の空気がどんよりしているせいだろうか。花沢の言うように、『先が見えない世の中、金を出さずにすむなら出しません』というひとびとが増えているのかもしれないが、吉田はそういう枠の中から飛び出したいとつねづね思っているのだ。
              「先が見えないことの不安なんて、いくらでもあるでしょう。仕事でも人間関係でも。そういうことを考えて動けなくなるほうが、俺にとってはアホみたいに思える。やらないで後悔するよりは、やって後悔するのがモットー」
              「すごいね。その若さでそこまで言い切れる強いひとってなかなかいるもんじゃないよ。……あの、なにか特別な訓練でもやってたの?」
              「小学校からずっと柔道をやってたけど、それとこれは別問題でしょ。ただ、やりたいと思ったことをやらずにそのままにしておくのがもったいないってだけ」
              「吉田くん、なにかやりたいことがあるの?」
               普段、おとなしい男がめずらしく率直に聞いてきたことで、雑誌の整理を終えた吉田は手をはたきながら狭いレジ台に戻り、頭ひとつ低い花沢を見下ろした。
              「……なに?」
               堂々とした体格の吉田にじっと見つめられていることで、花沢はうろたえている。
               びっくりしているが、怯えているわけではないことを感じ取り、吉田は軽く口元をほころばせた。さまざまなバイトを渡り歩いてきているせいで、それこそ多くの人間を目にしてきた。頑丈な体躯にふさわしい顔を持った自分と目を合わせるなり、なにも話していないうちから腰が低くなる奴は少なくない。相手の顔色を窺うのはコミュニケーションのひとつだとも思うが、意味もなく卑屈になられたり、挙動不審になられたりするのは困る。そういう意味では、花沢はそこそこ手応えのある相手かもしれない。
               レジの中身を確認しながら、吉田は言った。
              「俺がやりたいことは、強盗。ここにある金を全部奪って逃げる」
              「え? 嘘だよね」
               冊を数える吉田に、花沢が目を丸くしている。身を引かない度胸の良さも、案外いい。
              「嘘だよ。本気で狙うならコンビニなんかじゃなくて銀行を狙うよ。ていうのは冗談で、ほんとうに俺がやりたいのは、世界一周旅行。そのために、あちこちでバイトして金を貯めてる最中」
              「世界一周か……そりゃまた、スケールの大きい夢だね」
              「そう? そんなでもないって。子どもの頃からの夢だったんだ。アジアからスタートして、ヨーロッパを制覇。余力があったらアメリカ方面も回る。長い人生のうち、たかだか二、三年、世界のあちこちを気ままに放浪するだけじゃん。費用だって、せいぜい、三百万か四百万ぐらいあればいいし。ひとつの会社に何十年も勤めることのほうが、俺にとっちゃスケールがデカすぎる。そういう意味じゃ、花沢さんみたいなちゃんとしたリーマンは尊敬するよ。気が短い俺には到底真似できない」
              「そう、かな……ちゃんとしてる、かな……」
               曖昧な口調で呟く花沢は、慣れた仕草で冊を数えている吉田の手に見入っている。
              「僕には、そういうのがないな。毎日、生きていくのが精一杯で、夢も、目標もない。そういう人間でも、他人から見たら、ちゃんとしているように見えるのかな」
              「花沢さん?」
               最後のほうがうまく聞き取れなかった。うつむいた男の顔をのぞき込むと、レジ台の跳ね戸を開けて花沢が出ていく。
              「ごめん、少し早めに休憩取ってもいいかな」
              「あ、……うん、いいよ。どうせ客も少ないし」
               時計の針は午前三時を過ぎたばかりだ。バックヤードに消える花沢の頼りない背中に首をひねりながら、吉田はため息をつき、キャッシャーの中身を数え続けた。
               水曜の深夜にしか顔を合わせない男にも、それなりの悩みがあるのだろう。


               月、水、金のコンビニ勤務の他に、火曜と日曜はビル警備のバイト、土曜は新宿二丁目にあるバーでバイトをしている。
               毎週土曜、ゲイのメッカである二丁目界隈に足を踏み入れるたびに、ガタイのいい吉田はあちこちから、「ちょっと飲まない?」とか「時間ある?」「ひとりなら俺とどう?」「そこの公園でどう?」と誘いを受けるが、それらをすべて綺麗にかわし、「バー・キブラ」という小さな店の扉を押し開ける。
              「おはよーん、ツヨシ。今日も早くからありがとう」
              「おはようございます。耀子ママ、今日の賄いっておでんですか?」
               バイトのバーテンダーよりも先に出勤しているオーナー兼ママに挨拶すると、粋な小紋に割烹着を身に着けた耀子ママが得意げにふふんと鼻を鳴らす。
              「アンタ、いい鼻してるわね。昨日から自宅で煮込んでたのを持ってきたのよ。店の外と内側、ちゃっちゃと掃除したらごちそうしてあげる」
              「わかりました」
               専用の服に着替える前に手際よく店の外、内側と掃除し、テーブルのひとつひとつを曇りなく磨いていく。
               キブラはいい男がそろう、ゲイ御用達のバーとして古くから知られていると聞いたが、吉田自身はゲイではない。たまたま、大学の先輩の友人の友人という遠い縁を辿ってきた、『ゲイバーで人手が欲しいって話があるんだけど、ゲイじゃない奴がいいらしいんだ。バイト料は結構いいってよ』という話に乗ってみただけだ。こういう仕事で、同性に興味がないほうがいいというのは、当然かもしれない。客にちょっかいを出されていちいち揺らいでいたら、話にならない。
               とはいうものの、いい男がそろう店だということも、否定しない。耀子ママが顔で客を選んでいるという噂が噂を呼ぶのか、毎晩、個性の異なる男が集まり、そこここでグラスを片手に盛り上がっている。ただ酒を飲みに来るだけの客もいれば、出会いを求めている客もいるのだろう。いたってノーマルな考えを持つ吉田としては、男同士が身体を寄せ合う場面を初めて目にしたときはほんの少し驚いたが、まあ、ひとの数だけ愛情の形もあるんだろうな、という考えに落ち着いた。
               まだ若いくせに、吉田の堂に入った構えは常連客の間でもひとしきり噂になり、勤め出して最初の一か月はひっきりなしに声がかかった。しかし、笑顔で、「ありがとうございます。でも、もう間に合っているので」と答え続けていたら、からかいめいた誘いはだんだんと減った。その代わりに、常連の中でもさらに凄腕の常連から話しかけられるようになった。
               この晩も、十年以上キブラに通っている男がふたり、十分差で店に入ってきた。
              「浅田さん、こんばんは。コートお預かりしましょうか」
              「ああ、頼む。あと、強めのモスコミュール」
              「かしこまりました。土曜に浅田さんが来るのって珍しくありませんか? たいてい、平日にいらっしゃると聞きました」
               注文された酒をつくっている間、カウンターに頬杖をついて煙草に火を点ける常連客は浅田諒一という。メタルフレームの眼鏡が端整な面差しにしっくりはまる男で、大手出版社に勤めているとなにかの折りに聞いた。シャツにスラックスというシンプルなスタイルが映える男というのも、そうそういない気がする。
              「いま、スゲエ忙しいんだよ。土日がない状態で働いてる。一昨日からずっと徹夜でさぁ……やっと今日、自宅に戻れるから、その前に一杯飲んでいこうかと思って寄ったんだ。なんだよ、土曜の晩に俺が来て迷惑か。安心しな。ツヨシみたいにこれぞ日本男児ってのは俺の好みド真ん中だが、おまえ、ノンケなんだろ。手は出さねえよ。……ノンケを相手にするのは暁ひとりでたくさんだっつうの」
               語尾をぼやかす浅田の前に、「どうぞ」とグラスを差し出したときだった。店の扉が開き、「こんばんは、ツヨたん」と艶のある声とともに、凄腕の常連のもうひとりがやってきた。
              「チカさん、こんばんは。今日はゼルダでのショウ、お休みなんですか?」
              「うん、たまにはゆっくりしたくて、休みをもらったんだ。あ、浅田さん、こんばんは。結構久しぶりですよね、ここで会うのって」
              「かもな。SMプレイヤーの人気は未だ衰えずってところか?」
              「そりゃもう、奴隷の応募は引きも切らずで、さすがにきりきり舞いですよ。僕って人間はたったひとりなのにね」
               優雅に笑いながらチカがスツールに腰掛け、「ツヨたん、僕も浅田さんと同じものを」と言う。
               真面目そうな格好の浅田とは対照的に、チカという愛称でとおっている男は銀色のベリーショートというド派手にも程があるヘアスタイルで、切れ長の目にふっくらしたくちびるが色っぽい男だ。とろみのある上質のシルクシャツに革のパンツがよく似合う。その容姿を生かした仕事が、六本木にその名を轟かす男性専用のSMクラブ「ゼルダ」での調教師だ。チカは極まったS属性のトッププレイヤーとして、マゾヒスティックな男たちを夜な夜な虐げているらしい。わざわざ新宿まで足を伸ばして飲むのは、六本木では顔を知られすぎていてなにかと気を遣うと、以前彼が言っていた。
              「あーあ、最近、どうしてこうもみんながみんな、簡単に奴隷になりたがるのかなあ……。誰かの命令に素直に従うことが即快感になるのって、浅田さんはつまらないと思いません? 少しは抵抗したほうがこっちも相手も楽しいのに」
              「俺にはSM属性がないし、そもそもチカさんと一緒でタチのほうが好きだから、そういうことを聞かれても困るんだよ」
              「ですよね。そのうえ、お互いにノンケの男にメロメロだし。正直な話、僕が生涯を懸けて躾けたい男はたったひとりしかいないんだけど、千宗の気の強さったら、ホントにもう……洒落にならない。今夜ここで勢いをつけて、自宅に戻ったら速攻千宗を犯す。本気で犯す。今夜は絶対に手を抜かない」
              「ハハ、やる気あるじゃん。じゃあ、俺も帰ったら速攻、暁を押し倒す。死ぬまでに一回は絶対に上に乗ってやる」
              「うわ、気が合いますね。じゃあ、乾杯しましょう」
               出版社勤務の男とSMクラブ勤務の男が隣り合わせに座り、笑顔でグラスを触れ合わせているなんて、さすがは老舗のキブラだからこそ見られる絵なのだろう。
               話に興じる常連たちに酒をつくり、合間にやってきた他の客の相手を冷静にこなしている時間が、吉田はわりと好きだった。同性だろうが異性だろうが、なんとなく他人の温もりが欲しい夜がある。それが即、性行為に繋がるわけではなく、目の前にいる浅田とチカのようにただ話をするだけで構わない、むしろそれでいいと考えている客は多いようだ。職場や学校以外に、気軽に話せる相手がどこかにいるだけで、ほっとするものなのかもしれない。キブラは建前上、未成年お断りの店だが、大学生ぐらいに見えればあまり文句はつけないことにしていると、耀子ママが以前、ひっそり呟いていた。
              『男を好きになっちゃった以上、どうにもならない悩みが生まれるじゃない。そういう悩みが少しでもうちの店で薄れてくれたらいいなと思うしね』
               他人には迂闊に言えない性癖を持った以上、閉ざされた空間では仲間意識が生まれるものなのだろう。他愛ない日常話に混ざって、誘ったり誘われたり、色気のあるやり取りをなんとはなしに聞いていると、また店の扉が開いた。
              「いらっしゃぁい。おふたりさま?……奥のテーブル、ちょうど空いたとこだからどうぞ」
               戸口付近のテーブルで客の相手をしていた耀子ママが、新客を奥へと誘う。吉田はそれをちらりと横目で確認し、手元のグラスに視線を戻したあと、弾かれたように顔を上げた。
              「ツヨシ? どうした」
              「ツヨたん、なに怖い顔してんの」
               吉田のただならぬ気配に、浅田とチカが不審そうな顔をしているが、無言でカウンターを出て、入ってきたばかりの客がついたテーブルへと大股で歩み寄った。
              「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか、花沢さん」
              「……吉田くん!」
               吉田の声にびくりと肩を跳ね上げたのは、水曜の深夜、コンビニでしか顔を合わせない花沢だ。
               まさか彼がゲイだとは思わなかった。隣には、髭面のサングラスをかけた男が座っている。
              「なんだよ、こいつと知り合いか?」
               ――花沢さんよりかなり歳上の男が相手か。
               花沢がゲイだということについてはどうこう言うつもりはないが、連れの趣味が悪いと言いたいのは余計なお節介だろうか。店に入ってきたときからこれ見よがしに花沢の肩を抱き寄せ、人目につかない奥のテーブルについたことで、さらにエスカレートし、胸をまさぐっているいやらしい男が花沢は好みなのか。
               たぶん、耀子ママもこの新客は用心したほうがいいと咄嗟に判断したから、他の客の目に晒されることがなく、非常口にも近い奥のテーブルへと案内したのだろう。
              「ご注文がお決まりでしたら、伺いますが」
              「……あの」
              「ビール持ってこいよ、ビール、もたもたすんな」
              「かしこまりました」
               横柄な物言いの男に頭を下げ、カウンターに戻るなり、慎重に様子を見守っていたらしい浅田とチカが、そろって顔を近づけてきた。
              「ヤバくねえか、あのヒゲのほう。真っ当な筋じゃねえだろ。もう片方の男もどう見たってノンケだろ」
              「僕もそう思う。無理やり連れ込まれたんじゃないのかな。どっちも、過去、ここで見た顔じゃない」
              「じゃあ、直接聞いてみます」
              「おっ、おい、ツヨシ! 待てバカ、早まるな!」
              「名前どおり強気すぎだよ、ちょっと僕、惚れるかも……」
               浅田とチカの制止を無視し、きめ細やかなクリーム状の泡を浮かべたグラスビールをトレイに乗せて、花沢のテーブルに運んだ。
               ひそやかながらも、花沢の困惑した声が耳に飛び込んできた。
              「……っ、やめてください、僕はそういうつもりじゃ……」
              「なにいまさらなこと言ってんだよ。男とやりたいから、このへんうろついてたんだろ?」
               衝立で仕切られたテーブルで、花沢と髭面の男が小声で言い争っていた。隅に押しつけられた花沢は大きな手で胸や股間をまさぐられ、顔を引きつらせている。
              「違う――違います、そんなんじゃありません、ほんとうに違います」
              「とにかく、ここで一杯引っかけたらホテルに連れてってやるから。どっからどう見ても犯してくださいって顔してんじゃねえか。だから声をかけてやったんだろ……っ、って、……てめえ! なにしやがんだ!」
               聞くに堪えない言葉に、ふと気づけば、吉田はグラス一杯に注いだビールを髭面男の頭にザアッと浴びせていた。
               頭からぽたぽたと滴を垂らした髭面男が、顔を真っ赤にさせて正面に立ちふさがる。
               互角の体格かもしれない。まともにやり合えば、店が大混乱に陥るのは間違いない。だが、吉田は怯まずに一瞬の隙を衝いて相手の胸ぐらを掴み、非常口へと力ずくで押しやった。
              「出ていってください。この店は、あなたのような方はお断りです」
              「舐めた真似してんじゃねえ、俺を誰だと思ってんだ! 俺のバックには……!」
              「うるせえな! 後ろ盾がなきゃなにもできねえ奴が粋がってキブラに来るんじゃねえよ! 他の店に行け!」
               怒声とともに思いきり男を外へと突き飛ばし、頑丈な非常口をぱたんと閉じたとたん、それまで息を飲むような静寂に包まれていた店内が、どっと歓声に湧いた。
              「ツヨシ、やるなぁ、おまえ!」
              「ちょっとツヨシったら、アンタって子はもう……! 見てるこっちがハラハラしたじゃないのよう!もう、もう……、ホント、ありがとね」
               剛毅な耀子ママがほっとした顔で抱きついてくる。
              「すごいね、ツヨたん。男らしくて格好良かった。久しぶりにいいもの見せてもらいました」
              「スゲエ迫力だった。柔道の黒帯って冗談じゃなかったんだな」
               あちこちで拍手喝采が起きる中、吉田は、「迷惑かけてすみません」と頭を下げた。それから、放心している花沢に向かって、「大丈夫?」と声をかけた。
              「あ、……うん、大丈夫、です。……ありがとう」
               ようよう答えたものの、花沢は呆然としている。得体のしれない男に連れ込まれた先で、吉田に出くわすという突然の展開に脱力してしまったようだ。
               小さくため息をつき、吉田は耀子ママに耳打ちした。
              「このひと、俺の知り合いなんです。ちょっと心配だから、今日はこれで上がらせてもらえませんか。このひとを家まで送るんで」
              「うんうん、わかった。大丈夫。ヒロシに連絡して、店に入ってもらうから。今日の武勇伝に免じて、タイムカードはちゃんとラストで押しといてあげる」
              「すみません。ヒロシさんにもよろしく伝えてください」
               先輩にあたるバーテンのヒロシに急に来てもらうのは悪いが、気のいいひとだから、事情を聞けば、きっと許してくれるだろう。
               まだ惚けた顔の花沢を立ち上がらせ、乱れた服を整えてやってから店の戸口で客にもう一度頭を下げた。
              「皆さん、お騒がせしてすみませんでした。お先に失礼します」
              「いやいや、ツヨシに惚れた夜だったわー。また土曜にな」
              「気をつけてな、そっちの新顔もまた来いよ」
               笑いながら見送ってくれる客を背に店を出て、ふらふらよろける花沢の手を掴んで歩いた。土曜の夜だけにひとも多く、手を繋いでいないとはぐれそうだ。
              「……吉田くん、ありがとう」
               掠れた声が聞こえてきたのは、キブラを出て十分も歩いた頃だ。ゆっくりした足取りだったせいか、花沢の息遣いも落ち着いている。顔色もまともなものに戻っていることを確認し、手を離そうとすると、ぎゅっとくちびるを引き結んだ花沢が手を握り締めてきた。
              「花沢さん?」
              「ごめん、もう少しこうしていてほしい。……よかったら、そこの公園で少し休みませんか」
               花沢が指差すほうに、小さな公園があった。繁華街からちょっと離れた場所にある公園で、灯りも少ない。
              「ここ、ハッテン場だと思うけど、いいんですか」
               ゲイではないが、ここらで働いている者としては知っていることをあらためて確認すると、花沢は頬をひくりと引きつらせるが、「……ちょっと、休むだけだから」と答えた。
               答えた、ということは、ハッテン場という言葉の意味もわかっていることか、と内心複雑だ。
               コンビニでバイトしているときの花沢は清潔でおとなしく、残り物のおにぎりやサンドイッチをもったいなさそうに見ているだけで、とてもじゃないが、男あさりをするようなタイプには見えなかった。
               通りに面したベンチに腰掛けると、花沢が深く息を吐き出す。
               うつむき、両手で頭を抱えて、「……ごめん、恥ずかしいところを見せて」と呟く花沢の横で、「べつに」と答えた吉田は足を組み、コートのポケットから煙草を取り出して火を点けた。
              「……さっきの男は、たまたま声をかけられただけで、知り合いとかそういうんじゃない」
               言い訳をするような声に、吉田は煙を吐き出す。
               なにか鋭く尖ったものが胸を突き刺し、神経をささくれ立たせる。
              「たまたま声をかけられた男に、胸や股を触らせるんですか」
              「それはあっちが勝手にしてきたことで、僕が望んだことじゃない」
              「でも、そういうことを期待して二丁目に来たんじゃないんですか」
              「違う。たまたま、まぎれこんでしまっただけで……そういう吉田くんは? どうして吉田くんはここにいるんだ」
              「俺は単なるバイトです。前にも言ったでしょう。世界一周をするために金を稼いでるって。ゲイバーのバーテンって、結構いい金になるんですよ」
              「じゃあ、客に誘われることもあるよね」
              「あるよ。でも応えない」
              「なんで。どうして。吉田くんだったら選び放題でしょう」
              「選べる立場だからって誰とでも寝るわけじゃないだろうが。なにバカなこと言ってんだよ、あんた。俺のこと、なんだと思ってんの?二丁目のバーで働いてるからって、男なら誰とでも寝るって思ってんの?」
               苛立ちに任せて怒鳴りつけると、意外にも、花沢がきっとまなじりを吊り上げ、狙い澄ました視線を向けてくる。
              「……もし、吉田くんが、男に目を向けてくれるなら、って思ってた。ずっと、そう思ってた」
              「は? なに……それ」
              「一目惚れ、したんだ。吉田くんに……コンビニで一緒に夜勤勤務するようになったときから、好きだった」
               とても小さな声だったが、花沢のそれはきっぱりしていた。対して、吉田はいきなり始まった告白に呆然としていた。
              「同性を好きになったのは生まれて初めてだから、どうしていいかわからなくて……吉田くんがそういう性癖じゃないってことはわかってたけど、僕自身も混乱していて、男を好きになるのってどういうことなんだろうとか、抱かれてみるとしたらどうなるんだろうって考え続けてたら頭がおかしくなりそうで、そういう性癖を持つひとが集まる二丁目に来て、もうとにかく誰でもいいから」
              「ちょ、ちょっと、待てよ。落ち着けよ。あんた、俺に惚れたっていま言ったばかりだろ。それがなんで急に誰でもいいってことになるんだよ」
              「僕だって冷静に判断できないよ。だいたい、男を好きになった自分自身もどうかと思ってるんだよ。普通、男は女を好きになるもんでしょう。なのに、なんで同性を好きになってんだか。だから、こんなめちゃくちゃなことになってるんじゃないか」
               肩で息し、強い語調で言い切った花沢に、日頃、めったなことでは動揺しない吉田もさすがに言葉に詰まった。
               なにをどう言えばいいのだろう。煙草を吸うのも忘れて、花沢の横顔を見つめ続けた。どんなに言葉を尽くそうとも、バカバカしい展開になりそうだということは間違いない。
               おとなしいと思っていた花沢がこんなにもいっぺんに喋るとは思っていなかった。キレると怖い相手だったのだろうか。週に一度しか顔を合わせていないのに、どうして自分なんかに惚れるのだろう。
               同性を好きになってしまった花沢も自分自身を持て余し、ぎりぎりまで思いつめた挙げ句に、二丁目にやってきてろくでもない男に引っかけられるなんて、正気の沙汰じゃない。
              「……俺のどこを好きになったの」
               根元まで赤く染まった煙草を踏み潰し、新しい煙草に火を点けて深々と吸い込んだ。すると、花沢はちょっと微笑み、「……煙草、僕にもください」と言う。
               思う存分逆ギレしたことで、すっきりしたのだろうか。いま見た笑顔は、とても自然で、可愛かった。
               煙草を渡し、咥えたまま火の点いた先端を近づけると、花沢も顔を寄せてくる。仄かな灯りで浮かび上がる横顔につかの間見とれていると、花沢がふぅっと煙を吐き出す。
               歳相応の品格と可愛さが絶妙に混ざった顔で、花沢は慣れた仕草で煙草を吸う。コンビニで商品をもたくさ扱う垢抜けない印象と、いま目にしている洗練された印象とのギャップから目が離せない。
              「花沢さん、スモーカー?」
              「ううん、ずいぶん前にやめた。でも、吉田くんがおいしそうに吸ってるから我慢できなくて。……ごめん、僕、ずいぶん変なことを口走ったね。迷惑かけてごめん」
              「謝るのはとりあえずあとにして。俺のどこが好きになったのか、まだ答えてないよ」
              「そういう、若いところ。まっすぐなところ。世界一周をしたいって大きな夢を素直に口にできるところ。あれを聞いたときに、いいなと思ったんだ。自分のやりたいことに迷いがない吉田くんが格好良く見えた」
              「それで、惚れたの? そんなことで?」
              「そんなことで惚れたんだよ。僕には夢も希望もないし、ついでに言えば職もなくて、一昨日からは部屋もない」
              「え、……でもあんた、証券会社に勤めてたんじゃないっけ」
              「三か月前までね。ごめん、じつはいくつか嘘をついてた」
               手足をぐうっと伸ばし、煙草をおいしそうに吸う花沢はスーツ姿で、ネクタイの結び目もきちんとしている。髭面の男と揉み合ったあと、無意識に身だしなみを整えていたのだろう。
              「ほんとうの僕は、現在、定職に就いていません。三か月前に急にリストラされて、いまはきみと一緒のコンビニとスーパー、あと、書店でバイトをしています。貯金も少しはあるんだけど、一昨日まで住んでいたマンションの家賃が払いきれずに部屋を出ました。新しい仕事に就くためにハローワークにも通っていますが、なかなか難しいです。でも、とりあえず次の新しい仕事に就けたとしても、なんのために稼ぐのか、もうわからない。会社からいきなり切られた時点で、僕自身、なんのために生きてるのか……ちょっとわからなくなった。誰にも必要とされてない気がして」
               よどみなく喋った花沢はひと息ついて、また喋り出す。一方的な話を聞かされている吉田が眉をひそめたり、驚いたりしている様子に気づいていないわけではないだろうが、――とにかく喋ってしまいたい、誰にも打ち明けられなかった胸の裡を一気にぶちまけてしまいたいという勢いに負けた。
              「誰にも必要とされない日が来るなんて、いままでに一度も考えたことがなかった。リストラされる瞬間までね。僕がいたのは外資系の企業で、数年勤めているうちにもっといい条件の勤務先を探すのが当たり前のところ。だから、日本人らしい考えにある、『終身雇用』とか『同僚』っていう意識はみんなほとんどなかった。一定期間、互いに力を貸していかにして効率よく金を稼ぐか、その方法を生み出すドライな関係でしかなかった。もちろん、僕もそれでいいと思ってた。違うと気づいたのは、首を切られたあとだったから遅いけど。……ほんとうは誰かを信じてみたかった。自分以外に信頼できて、好きになれる誰かが欲しかった。そういう弱さに気づいたのも、会社を辞めたあとだからとっくに遅いんだけど」
               吉田に言葉を挟ませず、花沢はまっすぐ正面を向いたまま喋り続けている。ずっと遥か後方に置き去りにしてきた過去を語るにしては、ずいぶんとちぐはぐな印象だ。
              「おまえはもう要らない。必要ないから出ていけ。戦力にならないから辞めろ――リストラされた直後は、世界中からそんなふうに言われている気になった。いままでの僕は誰もが羨む学校をいい成績で卒業して、会社でもつねに上位に食い込む成績を誇ってた。なのに、ただ一回、取り引きに失敗しただけで辞めろと言われたんだよ。『あんたのやり方はもう古いんだよ』って、一回り下の後輩に嗤われて……死のうかなって、その夜初めて思った……」
              「……でも、死ななかったんだろ」
              「うん、でもしょっちゅう頭にあった。もういつでもいいや、いつ死んでもいいって。会社帰りに電車に飛び込もうかとも思ったんだけど、そのときは周りにいる、自分と同じような疲れた顔のサラリーマンやOLさんを見て、迷惑をかけちゃいけない気がして。なんかね、自分でも変だと思うんだけど、億単位の金を堂々と動かしてたくせに、いざとなったら及び腰になるんだよね。あれだけ大きな額の金を動かせていたのは、結局、他人の金だからだったんだと思う。でも、いざ、自分の命をあっさり捨てようかと思うと怖くなる。僕がどんなことにつまずいて、なにに思い悩んで死のうとしたか、誰にも知られないままなんだろうかと思ったら寂しかった。……そんなときにさ、世界一周がしたいなんて夢みたいなことを言う吉田くんに会って、驚いた。いまどき、小説や映画の中にしか出てこない夢を実現しようとしているひとには初めて会ったから。それまで僕の周りにいたのは、目先の儲け話に必死になっている奴ばかりだったから――もちろん、僕もそのひとりで……なんか、気が抜けて……吉田くんみたいに子どもっぽいことを真面目に実行しようとしているひとがほんとうにいるんだってわかったら、いいなって、……憧れて、羨ましくなって……そのうち、本気で目が離せなくなって……吉田くんが次になにをするのか、気になって気になって仕方がなかった。それで、やっと僕自身、認めた。吉田くんに惚れてるんだって」
               バカだよね僕はほんとうに、と笑う声が青ざめた都会特有の夜空に虚しく響く。
              「いまでもたまに、ああ、死んじゃおうかなって思うときがある。べつに、すごく思いつめた結果じゃなくてさ……もういいか、このへんで終わらせようかって気分なんだよ。なんて言えばいい? これまで仕事だけに専念してきて、恋人も友人も自分ひとりきりの想い出もろくにつくらないで、金勘定ばかり意識して、もっと先の自分の将来をまったく想像してなかった僕自身が一番悪いんだってことを、リストラと同時に知ったんだ。僕はね、入社当時、一番の成績だったんだ。だから、会社は僕を裏切らないと思ってた。三年単位で人員が入れ替わる外資系でも、僕はしぶとく生き残ってきた。だから、いつの間にか勘違いしていた。一生懸命に仕事をしていれば、いつかはいいことがある、絶対にしあわせになれるって根拠のない思い込みをしていたんだ。――いつから僕は、こんなに空っぽな人間になったんだろう。いつから、こんなバカになっていたんだろう」
               淡々とした声だった。
              「――コンビニでさ、賞味期限が一時間過ぎただけのおにぎりやサンドイッチが捨てられるのを、僕がもったいながってたこと、覚えてる?」
              「覚えてるよ。花沢さん、毎日毎日、しつこく見てたもんな」
              「あれ、たぶん食べても平気だよ。もったいないって本気で思ってた。そりゃ神経的にダメだってひともいるのはわかるけど、たった一時間であっさり捨てられるものがこんなにたくさんあるんだってことを目の当たりにして……人間にも賞味期限があるんだって初めて実感した。食べられる時間が過ぎたら捨てればいいって、周りに思われてたんだよね。僕自身が気づかなかっただけで」
               順調な人生のレールからふいに突き落とされたおのれを嘲笑うのでもなく、恥じるのでもない。そういった感情をすでに越え、完全に醒めきった声というのを吉田は初めて聞いた気がする。
               世界一周の夢に向けてがむしゃらに働いてきた自分にはまったくない深淵を、花沢はこころの奥深くに隠し持っている。
               彼には彼なりの目標があったのかもしれない。しかし、ただひたすらに走ってきた道が行き止まりだと唐突に知らされ、こころの一部が崩れたのかもしれない。
               ――だから、世界一周する夢を持ち続けている俺に惚れたのか。方向転換もきかないアホなのか。
               大人になればなるほど、傷の治り方が遅くなるという。
               花沢もそうなのかもしれない。三十代で初めて大きな挫折を経験し、職も住み処も失い、とりあえずは生きていくための最低限の仕事はするけれど、もう楽しい夢は二度と見られない。見たくても、あえて見ないのかもしれない。べつの方向へと思いきり跳躍するための勇気を失ってしまったのかもしれない。
              「僕が必要だと誰かに言ってほしい。僕自身も誰かをこころから愛して、そのひとが望むことをできるかぎりしたい。三十二歳にもなって言うことじゃないけど……ひとりきりなのは寂しい。誰かと一緒にいて、叶わなくてもいいから、夢を語りたい。喧嘩もしたい。仲直りもしたい。仕事ばかりでそんなこと、いままでに一度もしてなかったから、いまからでもやってみたい。たとえば同じものを見て、違う意見を出し合ってぶつかって、尊敬したい。揉めてみたい。自分とはまったく違う他人を愛したい。そうすることで、僕自身、いまからでももう少し変われるような気がするんだ。……ほんとうに、ただの気のせいかもしれないけど」
               夜空を見上げる花沢が、願い事のように呟く。
              「ここまで言ったんだから、もう我が儘剥き出しで言うよ。もし、ほんとうに死ぬことになったとき、僕は初めてこころから大好きになったなひとに見送ってほしい。ずっとずっと忘れないでほしい。たくさん泣いてほしい。時間が経って忘れかけても、たまに僕を思い出して泣いてほしい。僕はそれ以上にそのひとを愛して、この世から身体がなくなっても、ずっとずっと……ほんとうにずっと想い続けるだろうから。そのひとが僕以外の誰かを愛して生き続けていくのは寂しいけど、こころのどこかに僕を刻んでくれているなら、もうそれでいい。最期の瞬間を、誰かに笑顔で見届けてほしいんだ」
               まことに幼稚で正直すぎる本音、あるいは狂気の欠片を、吉田は黙って聞いていた。
               夢は、叶えるために存在するものなのだと誰かが言っていた。しあわせなことよりも、つらいことの多い世界で生き延びるための術として、神様が人間に、叶うようで叶いそうにない夢を見る幸福感と絶望感を持たせたのだと言っていたのは、キブラの常連である浅田だったか。けれど、けっして叶わないからこそいつまでも見続けられる楽しい夢もあるんだよ、苦痛や絶望を味わわされるばかりだったら人間はとっくに滅びてるでしょう、と鷹揚に笑っていたのは、やっぱり常連であるチカかもしれない。
              「……ごめん、ホント喋りすぎた」
               声が嗄れた花沢が、両頬を押さえてうつむく。
               大人にしては頼りなくて情けない姿を一瞥する自分がいますべきことは、煙草を吸い終えて颯爽と立ち上がり、なにも聞かなかったような顔で、「じゃあまた、コンビニで」とさりげなく手を振り、この場を去ることだけだ。
               そうすれば、面倒な荷物を背負うことなく、花沢という人間とも単なる通りすがり、数多く経験してきたバイト仲間のひとりとして、いつしか顔も声も記憶の底に埋もれて忘れていくはず――なのに。
              「……吉田くん?」
               煙草を吸い終えたのは、花沢のほうが先だった。その空いた右手を、吉田は強く掴んでいた。
              「俺のこと、いまでも好き? もしかして、俺が初恋?」
               低い問いかけに、花沢が目を瞠る。なにも返ってこない。だけど、口元がなにかを言いたそうにわなないていた。
              「俺のこと、ほんとうに好き? 最期の瞬間を見届けてほしいぐらいに、真面目に好き?」
              「す……好き、じゃ……」
               ない、と言おうとした花沢を制した。
              「好きって言いなよ。さっきみたいに、俺のことが好きって言いなよ。一目惚れしたんだろ。いまでも惚れてるんだろ」
              「なんで……、なんでそんなこと言うんだよ……」
              「わかんねえよ。でも、俺に夢中になっている間は、あんたは空っぽな人間じゃない。相当バカなのは間違いねえけど。俺に惚れ続けている間に、花沢さん自身、本気でやりたいことが見つかるんじゃねえの。そういう生き方があったっていいじゃん。とりあえずいますぐ死ぬ気がないなら、しばらくは俺に依存してなよ。俺はべつにそういうの、嫌じゃないし。花沢さんだったらいいよ。あんたみたいに気が狂ってるような異常なほどの寂しがり屋って、初めて会ったからおもしろい。俺を本気で好きなのか、単に世界一周に目が眩んでるのか、それとも花沢さんが自分自身を好き過ぎておかしくなってるのか、よくわからないところもおもしろい。あんた、醒めたことをずいぶん言ってたけど、ひとつでもいいから叶えたい夢を欲しがってるんだと思う。それがどんなものかいまの俺にはわからないけど、実際に探してみる価値はあると思うよ。この際、歳がどうのこうのとか、体裁を気にするのは止めにして、自分の気持ちに正直になることを選んだら? 花沢さん自身の頑固な鎖がとけたら、いまよりもっと楽になれる気がする」
              「吉田くん……」
               突拍子もない言葉に、花沢は絶句していた。しばらくしてから、やっと声を絞り出した。
              「……きみ、バカなの?」
              「あんたに言われたくない」
               むっとして顔を見合わせた。いまにも目の縁から涙がこぼれ落ちそうな花沢が鼻を啜ったのと同時に、盛大に吹き出した。思いがけない明るい笑い声に、吉田も一瞬目を瞠ったが、少し遅れて一緒になって笑った。
               肩が触れ合ってじんわり温かい。見栄もなにもあったもんじゃない歳上の男の素直な泣き笑いを見つめ、惹かれて、顎を掴むと、花沢がひくんと身体を強張らせて真顔に戻る。
               そのすれていない感覚がやっぱり可愛いと思えたから、自分の勘を信じて、吉田くん、と押し止める声を無視し、黙ってくちびるを重ねた。
               互いに定職に就かず、歳の差もあるうえに、男同士だ。それに、なにかと言うと死ぬ死なないと縁起でもないことを口にする相手を好きになろうとは、自滅行為もいいところではないだろうか。
               だが、こういうのも巡り合わせのひとつかもしれない。
               見た目も性格もよくて、将来になんの不安もなしという相手に、吉田はかつて一度もこころを揺り動かされたことがない。世界一周を目指しているのだって、自分が目にしたことのない景色や耳にしたことがない言葉に身を浸してみたいからだ。言葉が通じないもどかしさも味わってみたい。懸命のボディコミュニケーションで渡り歩けるだろうかという自分の底力を試してみたいところもある。
               つまるところ、日めくりのカレンダーをめくるように、いつでも新鮮な気分を味わっていたいのだ。
               ――俺自身、自分が考えている以上に貪欲な性格なのかもしれない。だったら、底が見えないほどの愛情に飢えている花沢さんを好きになるのは正しいのかもしれない。どこかトチ狂ってるこのひとがどこまで俺を愛してくれるのか、俺は俺でそういう奇妙なところにどこまで惹かれるのかわからないからこそ、この恋にトライする意味はあるんじゃないだろうか。
               さまざまな考えを瞬時にふるいにかけ、一般的な常識も根こそぎふるい落とし、最後に残ったのは純粋な好奇心だ。
               将来がどうなるかなんてまったくわからないまま、ただ、ひたむきに好きになってみる。
               それが、吉田の選んだ答えだ。
               こういう恋の始め方もあるのかと思ったら、内心可笑しくてたまらなかった。


              「……あの、吉田くん、いきなりする?」
              「花沢さんが嫌なら、やめるけど。じゃあ、途中までにしとこうか」
              「うん、……あの、すみません、気を遣わせて」
               緊張しているのか、花沢の声がどんどん小さくなっていく。
              「あ、でも、嫌じゃない。ごめん、言い方が悪くて……ただ、ほんとうにこういうのが初めてだから、いきなり最後までするのはちょっと怖い」
              「まあ、そうかもね。俺も男に触れるのは花沢さんが初めてだし。とりあえず、今夜は互いの身体がどういうものか確かめて、簡単に触るだけにしておこうか」
              「……うん。いまさらだけど、吉田くん、度胸があるね」
              「それしか取り柄がないから」
               苦笑いして、吉田はベッドに組み敷いた花沢の熱い耳たぶにくちづけた。
               あのまま公園で抱き合うのはさすがにどうかと思ったので、キブラから一駅離れた自宅アパートに連れ込んだ。六畳二間の古びたアパートだが、頑丈な造りのせいで、隣室の物音が聞こえてきたためしがない。
               慣れていない同士、たったいまから恋愛関係を始めようというなら、いきなり身体を深く繋げるという無茶をしでかすよりも、思春期のようにまずは手を繋ぎ、ためらうようにキスを試みて、少しずつ確かめ合うのが正しいかもしれない。
               浅いキスにたどたどしく応える花沢の反応に気をよくし、少し色気を出して舌を絡めてみた。同性だとわかっていても、くちびるの熱っぽさはかなりのもので、つい気をゆるめると一気にがっついてしまいそうだ。
              「……ん……」
               火照るくちびるを押しつけてくる花沢が、おずおずと首に両手を絡めてくる。その仕草もやっぱり初々しくて、「花沢さん、可愛いね」と言うと、シャツの襟元からのぞく花沢の首から額まで一気に真っ赤に染まった。
              「吉田くん、男の相手は初めてでも、かなり経験があるでしょう」
              「そこそこあるよ。でも、節操がないわけじゃないと思う。いままでセックスしてきた相手は、どれもみんな、どこか可愛いところがあったから」
              「僕にも、そういうところがあると思うわけ?」
              「そうじゃなかったら、こうなってないと思うけど」
               ジーンズを硬く盛り上げる塊に花沢の手を押しつけると、声にならないせっぱ詰まった息遣いが返ってきた。
              「とりあえず、直接触るのは大丈夫?」
              「……うん」
              「じゃあ、擦ってもいい? マスターベーションっぽいけど、互いに触れて気持ちよかったら、とりあえず良しとしよう」
              「あの、あまり、はっきり言わなくていいよ。恥ずかしいから」
              「なんで。花沢さんが怖がらないように確かめてるだけなんだけど」
              「おもしろがってるとしか思えない、けど、……ぁ……!」
               このぶんじゃいつまでも埒が明かないから、もがく花沢のシャツを軽くはだけて、平らな胸を凝視した。
               大丈夫だ。いまのところ、気が削がれる気配はない。それどころか、男にしてはなめらかで綺麗な肌に見とれ、ひんやりした空気に晒されてぷつんと尖った乳首に興味をそそられて指で弄り回すと、あ、あ、と花沢の息遣いがしだいに狭まっていく。女と同じように、男の胸も時間をかけて愛撫すれば、ふっくらとした熱を持ち、感じるようになるのだろうか。
              「……っいや、だ、それ……なんか、変な感じ、する……」
              「変な感じっていうことは、結構いいのかもよ」
               くりくりと根元からこよりのようにやさしくねじり上げ、指の腹で押し潰した。それだけ色づく胸が妙に色っぽい。男の真っ平らな胸に欲情する自分が可笑しく思えた。やわらかな女の胸は視覚的なものだけでもそそられるが、男はシャツを脱がせ、なめらかな肌触りを確かめてみるまでわからない。うっすらと汗を滲ませた平らな胸でぷつんと赤く尖る花沢のそこを存分に舐め回し、歯を突き立ててみたかったが、最初から貪るような真似をしたら、それこそ花沢が本気で怖じけるかもしれない。
               頭に血が上りそうなのを抑えつつ、硬くしこる乳首をしつこく弄り続けた。いつか、もっと時間と余裕があるときに乳首を重点的に責めてやりたい。
              「ん……っん……っ」
               腰をよじらせる花沢が声を殺している様子に誘われて、スラックスのジッパーを下ろしてやった。それから、自分のジーンズのジッパーも下ろし、互いにぎちぎちに昂ぶった性器を剥き出しにさせて触れ合わせると、ぬちゅりと淫らな音が響く。
              「……今日は全部脱がないで、擦るだけにしとくか」
              「ん、……うん、そのほうがいい、かも」
               自分も花沢も声が掠れたのは、けっして生々しい男同士の行為に腰が引けたせいではない。
               ――こんなに感じるとは思わなかった。ちゃんと順序を踏まないと、本気でヤバイことになる。毎日毎日、セックスすることしか考えられなくなるかもしれない。ことのひとも、俺も。だから焦らないで、少しずつ進めたほうがいい。
              「……そうじゃないと、破滅するかも」
              「うん……あ、……あっ、……あっ」
               シャツもスラックスも半端に脱いだ格好の花沢が背中をしならせる。勃ちきった互いの性器をまとめて、吉田がゆるく扱きだしたせいだ。
               同性の性器を掴んで擦り合わせ、微弱な皮膚の震えさえ感じ取って昂ぶっていく自分が、いまさらながらに信じられない。花沢の手を掴んで、「あんたも触って」と言うと、息を飲む気配とともに、筋が浮き立つ肉棒に指が絡み付いてくる。どちらのものともわからない先走りがあふれ出し、とろりと手を濡らしていく。それが気持ち悪いとも思わず、身体の奥からあふれ出すような衝動に押されて、ずりゅっ、ぬちゅっ、と淫猥な音が響くほどに互いの性器を押しつけ、腰を揺り動かした。
               本物の交わりとはほど遠いが、いまはこれでいい。肌の一部を晒して触れ合い、キスすることも許せる。
              「――ぁ……っ!」
               無防備に綺麗な喉を晒してのけぞる花沢の頭を掴み、深くくちづけた。舌先を絡めてきつく吸い取った瞬間、くぐもった声を上げて花沢が熱を弾けさせる。
              「ん、ん……」
               手の中にあふれた白濁を愛おしく感じて、吉田も息を詰めてぐっと背中を丸め、射精した。花沢のそれよりもとろみが濃く、量も多い精液で肌を濡らしてやり、最後には互いのものを混ぜ合わせて指先に移し取り、舐め取った。
               絶頂の余韻にぼうっと浸る花沢のくちびるにも濡れた指を押し込むと、少し驚いた顔をしたあと、ちろりと舌がためらうように巻き付いてくる。
               その躊躇した感じが、とてもいい。これから何度も何度も身体を重ね、深いところまで知っていく甲斐がありそうだ。
              「気持ちよかった?」
              「……おかしくなるかと思った」
              「これぐらいで? ま、いいか、あんたの身体がどう変わっていくのか、俺しだいだもんな」
              「そう簡単に変わらない。僕は一応これでも三十を過ぎていて、そんな簡単なことじゃ……」
              「変わりたいって言ったのは、あんたでしょうが」
               揚げ足を取られて耳たぶを赤くさせる花沢にもう一度キスして、吉田は微笑んだ。
               スローな感じで、もったいぶった触り方を続けていくうちに、互いにどうにも堪えきれずに一線を越えてしまう日が来るかもしれない。たぶん、間違いなく来る。
              「……なに笑ってんの」
              「なんでもない。内緒」
               どっちからどんな形で誘うのかと考えているだけでもいまは楽しいから、勢いに任せ、理性を吹っ飛ばして互いに貪り合うのはもう少し先にしておこう。


               簡単に触れ合うだけの情事でも、花沢にとってはきわどいものだったらしい。事後、シャワーを浴びたらすでに眠そうな顔をしていたので、「今日は泊まっていきなよ」と引き留めた。明日の予定を聞いたら、休みだという。自分もちょうど休みだから、ゆっくり眠って、起きたらなにか食べさせてやり、気分が落ち着いたところで今後どうするか話し合ってみるとしよう。
              「……とりあえず、一緒に暮らしてみるか。住む部屋もないって言ってもんな」
               恐縮するように、狭いベッドの端で身体を丸めて眠る花沢の姿に、吉田は頬をゆるめた。
               花沢の思いがけない告白で、意識していなかったこころの奥底に閉じ込めていた箱の蓋が開いた気がする。
               ほんとうに欲しかったものが手に入った気がする。
               誰かを愛することに花沢はいたく執着しているようだが、一度も、「安心したい」とは言わなかった。そのことが、吉田を強く惹きつけたのだ。
               どこをどう探しても、真実の安らぎなどない。もし、それがほんとうにあるとしたら、他人から与えられるものではなく、自分自身との闘いに疲れ果て、どうにもならない現実と折り合いをつけねばならないときだけ、一生に一度だけ使える、おまじないのようなものだ。
               けれど、吉田はそんなものはいらないと思っていたし、花沢もどうやらそうらしい。
               みっともないほどにあがいているとわかっていても、欲しいものは欲しいとこころから叫べ。叶いそうにない夢を一度手にしたなら、声をかぎりに望みを口にしろ。それを聞き届けてくれる暇な神様がどこからかまぼろしのように現れるか、力尽きて諦めることをみずから受け入れる日が訪れるほうが先か、それこそ蓋を開けてみなければわからないことだ。
               どちらにせよ、黙っておとなしくしていることなんかできないことを自分も花沢も知っているのだ。
               誰もがこころにそっと隠している真実を、花沢は見事にみずから暴いて見せた。そんな男に惹かれ始めている自分もどこかいかれているのかもしれないけれど、花沢とちょうどよく釣り合いが取れていると思うから構わない。
               小説や映画の中で描かれるような美しいハッピーエンドを放り投げて、互いに探り、疑い、ときには本気で爪を立ててこころを抉り、血を噴き出させたことに後悔し、キスで慰め合う。それからまた、闘争心がかき立てられた頃に互いのこころがどこにあるのかとうろうろと獣のように探り出す。
               それこそが、吉田がずっと欲しかったものだ。けっしてけっして、自分だけのものにはなり得ない他人のこころを追い続ける焦燥感と楽しさが欲しかったのだ。
               誰からも認められ、祝福される関係なんかいらない。花沢と自分のふたりきりしか知らない想いの深さを、身体のいたるところに刻みつけ、その痕跡をふたりだけで見つける楽しみに浸りたい。
               終始花沢を意識しながらも、いつかほんとうに世界一周の旅に出かける準備が整ったら、そのとき自分はどうするのだろう。『いつか帰ってくるから』と守れない約束を交わして単身旅立つのか、それとも花沢も一緒に連れていくのか。思い描く未来はまったくもって白紙で、不安定で、だからこそ胸が躍る。
               ――そのほうがずっとおもしろいじゃないか。楽しくて、いつまでも新鮮だ。
               こころ温まるハッピーエンドを潔く放棄すれば、永遠に鮮やかなままでいられる。愛しすぎておかしくなるなら、いっそそれもいい。
               安らぎは約束できないけれどいつも新しくてみずみずしい、峻烈ながらも永遠の恋が始まる世界へ、ようこそ。
               けっして抗えない蠱惑的な甘い声がどこからか聞こえてくる。
               吉田は背中から花沢を抱き締めて微笑み、目を閉じた。
               ここからが、最初の一歩だ。


              もうすぐお茶会

              0

                昨日はえすりのファンミでしたね! 私はなんとライビュまで落ちるというていたらく……。

                TLを羨ましく見ておりました〜。

                次のイベントこそ絶対行きたいぞ! 名古屋大阪も狙ってみます。

                 

                さてさて、お茶会の準備が進んでいます。

                ビンゴの景品に笑ったり、当日参加者様につけていただく名札で失敗したり・・・

                枚数を勘違いしていたので、改めて買い直しました。ウウ。

                 

                会場となるお店には何度か行っていて、味は保証します。

                ちょっとオーガニック系の落ち着くお店ですよ。

                当日は飲み放題となっているので、よかったらどんどん飲んでくださいね。

                アルコールもありますきゃvネコ

                おみやげにする予定の「他人同士」番外編小冊子も着々と進行中です。

                私が原稿を頑張らねば。記念の1冊ですし、楽しいものにします♪

                 

                ずーっと書いているので、首の痛みが限界です。

                なので、月曜日、近所のお医者さんに行ってきます汗

                効くお薬が出るといいんですけど!

                 

                まだ細かな仕事が1件あるのですが、それが終われば久しぶりにいつもどおりです。

                9月からこっち死ぬほど忙しかったので、11月は温泉三昧です。ふふおかお(幸せ)

                原稿合宿もあるので、楽しい原稿を書いてきますね。

                ブログにも写真をアップします星

                 

                 


                「愛してるよ」(「チェックインで幕はあがる」番外編2006)

                0

                  「あんたを調べてほしいって、どういう意味だよ」
                   花岡唯は訝しげな顔をして、眼鏡を押し上げながら訊ねた。
                   世界的に名を知られたホテルグループのひとつ、クラヴィア横浜の総支配人である沖田恭一の職場を久しぶりに訪れたところ、思いがけない相談を持ちかけられて驚いていた。
                  「そのままの意味だ。期間は一週間、俺の身辺をあまさずチェックして、周囲の人間が俺をどう思っているか徹底的に調べてほしい」
                  「そんなこと言われても……俺はフリーライターで、探偵じゃないんだぞ」
                  「とはいっても、隠密行動はお手のものだろう? 他人からそれとなく話を聞き出すのだって巧いじゃないか」
                   そう言われてもな、と仏頂面をして花岡は熱いコーヒーをすする。
                   沖田といえば、ホテル業界紙だけでなくビジネス誌の表紙を飾ることもあるほどの人物だ。赤字続きだったクラヴィア横浜を見事立て直した手腕に惚れ込む政治家とつながりを持つだけでなく、芸能界やスポーツ界、それに少々後ろめたい世界ともパイプラインを持つ実力派だ。
                   そういう男が、『自分を調べてほしい』と思うこと自体はさほどおかしくない。立場上、さまざまな敵につけ狙われるだろうから、寝首をかかれる前に予防策を立てておけというのはトップに立つ者ならではの思考だろう。
                  「……前に、加藤たちに策を練られたことをまだ気にしているのか」
                   彼と知り合うきっかけになったクラヴィア内部分裂の件を持ち出すと、沖田は「いや、それとは関係ない」と肩をすくめる。
                  「今回は純粋に俺自身がどんな評価を下されているか、知りたいだけだ」
                  「沖田さん」
                   ここに来て花岡の渋面は本物になった。
                   どんな評価を下されているか知りたいなんて、彼らしくない言葉だと思ったからだ。
                   沖田にまつわる黒い噂を暴き立て、スクープに仕立ててあげてやると意気込んだフリーライターの花岡がクラヴィアに潜入したのは、もう一年前のことになる。その最中、専属秘書だった加藤と副支配人の三浦が手を組み、卑劣なやり方で沖田をトップの座から引きずり下ろそうとした計画を聞きつけ、否応にも巻き込まれた。
                   だが、結果的に沖田を守る形になった理由はただひとつ。彼の身辺を調べ回るうちに、その確かな力と自信に惚れ込んでいたからだ。
                   ――でも、自分を調べてほしいと思うようになったらまずい。周囲を信じないばかりか、自分が今後なにをすべきかわからなくなっているんじゃないか。
                   出会いのきっかけはどうあれ、恋人としてつき合うようになったいま、彼の力になってやりたいと思う。とはいっても、フリーライターの自分とホテル支配人の彼とでは、互いに忙しい日常に追われっぱなしで、甘い時間とはほぼ無縁だ。
                   ――今日だって、このくそ忙しい年末に二週間ぶりに電話がかかってきて呼び出されたんだ。それでわざわざ横浜くんだりまで出てきてみれば身辺調査をしろと言われて、まったく、俺たちはいったいいつになったらのんびりした時間が過ごせるんだろう。
                  「とにかく、頼んだからな。結果がまとまったらすぐに報告してくれ」
                  「わかったよ」
                   知らずと眉間に縦皺を刻んでいたのだろう。ふたりきりの総支配人室で、向かいのソファを離れて近づいてきた沖田が身軽な仕草でソファの手すりに座り、素早く顔を傾けてくる。
                   あ、と声を出す暇もなかった。眼鏡を取り上げられ、ぼやけた視界に精悍な相貌が飛び込んできたと思ったら、次の瞬間にはうなじを掴まれてのけぞらされ、深くくちづけられていた。
                  「……ッんぅ……」
                   沖田のやり方はいつも唐突だ。男にも女にも慣れていると豪語しただけあって、ありきたりの経験しか積んでいない自分を翻弄するのなんかお手のものだ。
                   顎を押し上げられて息苦しい。はッ、とひとつ息を吐いてくちびるを開いた隙に熱く濡れた舌を受け入れ、そのまま甘く吸われて強い快感に涙が滲んだ。
                  「ん……んっ……」
                  「久しぶりに会ったのにしかめ面ばかりしている罰だ」
                   一瞬くちびるを離した沖田が笑い、「相変わらずネクタイの締め方が下手だな」と歪んだ結び目を引っ張ってくる。
                  「しょうがない、だろ……、あんたに会うときぐらいしか締めないんだから……」
                  「もったいない、おまえの顔にネクタイは似合うんだがな。生真面目な顔をしている奴がネクタイを締めていたらむしり取りたくなるじゃないか」
                   それじゃ、なんのために締めているのかよくわからない。ばかばかしいと言い返そうとしても、喉をくすぐられ、伝ってくる唾液を飲むよううながされるのが悔しくて、たまらなく気持ちいい。
                   だが、いま自分がいる場所を忘れきるほどの馬鹿でもない。いくらここがホテルだろうと、沖田はその頂点に立つ人物だ。男の自分相手に不埒なことをしている現場を誰かに見られたら、今度こそ大スキャンダルになってしまう。
                   覆い被さってくる男を押しのけようと、必死にもがいた。
                  「だめだって……誰か、来たら……」
                  「夜の八時を過ぎているんだ。誰が来るわけでもないだろう。それともなんだ、花岡はここで止めてもいいのか?」
                   くくっと低い笑い声が耳元で響き、身体の力が抜けていってしまう。オーダーメイドのスーツで包んだ沖田の鍛え上げた身体からかすかに香るすっきりしたトワレが、抑えていた官能を呼び覚ましてしまう。頻繁に会える仲じゃないから、少し触れられただけでもうだめだ。肌がざわめき、シャツをとおしても沖田の愛撫を欲しがっているのがひと目でわかるぐらい、胸の尖りが突き出してしまうのが恥ずかしくてしょうがない。
                  「感じやすいのがおまえのいいところだよな」
                   薄い生地を指でぴんと伸ばし、上から下へゆっくり撫でてくる沖田が視線を合わせてくることに内心歯噛みした。感じやすいなんて冗談じゃない。もともとセックスがそんなに好きだというわけじゃないと反論したくても、ボタンの隙間から忍び込んでくる長い指に硬くしこる乳首をつままれて転がされると、そこが熱く痺れてしまう。
                  「くそ、……勝手に、触るな……っ」
                   一方的に感じさせられるのが悔しくて小声で怒鳴ると、沖田も顔を引き締め、あろうことか胸ぐらを掴みあげてきた。厳しい顔を間近に見ると、その迫力に思わず呑まれてしまう。
                  「二週間ぶりに会ったというのにずいぶんな言いようじゃないか。俺が勝手に触っちゃいけないっていうなら、他の誰に触らせるんだ」
                  「――え……?」
                   なにが彼の怒りに火を点けたのか、さっぱりわからない。快感の靄に取り巻かれてぼうっとしているのに、首根っこを掴まれるままに立ち上がらされた。
                  「おまえが誰のものか、よくわかってないようだな。来い、ねんごろに可愛がってやる」
                  「ちょっと待てよ、馬鹿……!」
                  「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。仮にも俺はおまえより七つ上だぞ」
                   ベッドルームに向かってずかずかと歩いていく沖田に力ずくで引っ張られ、ぎょっとしてしまった。
                   うっかり忘れていたが、この支配人室は客室を転用したものだから、きちんとメーキングされたベッドルームが隣にあるのだ。
                  「ごめん、さっきのは口がすべって……」
                   ふわりとした灯りだけが点く室内でベッドに突き倒され、慌てて起きあがろうとする花岡を組み敷く男が鼻先でにやりと笑う。その骨っぽさに先ほどの愛撫を思い出し、じわりと腰が熱くなる。
                  「その口も、なんのためにあるか思い出させてやるよ」
                  「……ッ……」
                   言い返す前にくちびるをふさがれ、あとはすべて沖田の言うとおりになった。

                  「畜生……なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだ」
                   声が掠れるまで沖田に抱かれた翌日、花岡はぶつぶつ不平を呟きながらクラヴィア横浜のロビーを歩いていた。
                   昨晩はほんとうに大変だった。沖田も三十六歳といういい大人なのだから、いちいちこっちの言うことに角を立てず、落ち着いた態度を見せてくれたっていいだろうに、あれで案外嫉妬深いところがある。そうとわかっていて、七つ下の自分もかわいげのないことを言ってしまうのだから、どっちもどっちといったところかもしれないが。
                   とにかく、彼の頼みを聞かないことには穏便にすまなさそうだ。
                  「どこからあたるかな……」
                   身辺調査といっても、探偵が本業ではないのだから秘密裏に行動するのにも限界があるが、今回のケースは沖田本人の依頼という点が以前の潜入とはまったく違う。沖田自身が調査の依頼者だという点だけ伏せて、対象者からそれとなく話を聞き出すだけならさほど難しくない。
                  「世間話につなげて聞いてみるか」
                   ひとり呟きながら、十二月の忙しない雰囲気に包まれたロビーを突っ切り、コンシェルジュが控えているデスクに向かった。沖田の秘書として潜入していたときも、何度か顔を合わせたことのある男性コンシェルジュが笑顔で客と話している。
                  「……それでは、気をつけて行ってらっしゃいませ。もし途中でおわかりにならないことがありましたら、お気軽にご連絡ください」
                   横浜観光に出かけていくらしい客を送り出したあと、コンシェルジュが花岡を目に留め、「ああ」と顔をほころばせたのをきっかけに、そばに近づいた。
                  「こんにちは、お久しぶりですね。お元気ですか?」
                  「ええ、なんとかやってます」
                  「沖田支配人の個人秘書になられたとか。さぞお忙しいでしょう」
                   にこにこと話すコンシェルジュが言う「個人秘書」というのは、本来フリーライターという身分で潜入取材を行っていた花岡の過去を隠すために、沖田があてがってくれた肩書きだ。ホテル側の人間というより、公私ともにわたって沖田のスケジュールを管理するといった意味合いが強いだけに、日頃ホテルに顔をあまり出さなくても奇妙に思われることはない。
                   ――一応、気を遣ってくれているんだよな、あれでも。
                   そう思うとほんの少し胸が温まるが、実際こき使われている現状を思い返すとため息が出る。儲けにならない話には絶対に乗らない男だと思う、沖田というのは。
                  「沖田支配人、最近はどうですか。ちゃんと現場を見て回っていますか?」
                  「おっと、もしや抜き打ち検査ですか」
                   ほがらかに笑うコンシェルジュは、ジャケットの胸ポケットに挿した銀色のペンをなにげなく引き抜き、「大丈夫ですよ」と頷く。
                  「ああいう方が僕らのような現場の人間にいちいち声をかけて回るのは、大層めずらしいことなんですがね。支配人はその点、相当気を配られていると思います」
                  「でも、逆に言えばいつも見張られている気がして落ち着かなかったりしません?緊張が続きすぎると疲れるじゃないですか」
                  「答えにくいことを聞きますねえ。もしかしてこれ、支配人に頼まれての調査なんですか」
                   核心を突かれたものの、花岡は鷹揚に「いえいえ」と笑った。
                  「私個人の興味ですよ。……加藤秘書や三浦副支配人を糾弾したときもそうですけど、あれだけドラスティックな決断をされる方を周りは実際どう見ているのか、興味があるんですよ」
                  「なるほど」
                   見たところ、自分と同じ歳ぐらいのコンシェルジュは、「久坂」という名札をつけている。その久坂が、「もしよかったら、お茶でもいかがですか」と誘ってきた。
                  「このあと、僕ちょうど休憩に入るんですよ。ラウンジでお茶でも飲みながら話しませんか」
                  「いいですか? すみません」
                   とんとん拍子に話が進んだことに気をよくしたものの、ちょっとうまく行き過ぎじゃないだろうかと案じる面がないわけじゃない。どんなことも、九十九パーセントまで物事を突き進めたとしても、あと一歩というところで気を抜くのがいちばん危険なのだ。
                   ――残り一パーセントにくつがえされることはよくある。たとえば、いまはもういない加藤や三浦にとって、俺がその一パーセントだったんだ。
                   クラヴィア横浜のスキャンダルを暴こうとした異分子のような自分がこのホテルにとって大きな梃子になったとまでは言わないが、沖田をトップに据え、現在の磐石の体制を築くまでの過程において、それなりに重要な位置を占めているというのもまた事実だ。
                   油断することなく、かといって卑屈になることなく自分の信じるままに。それが沖田の胸にもあったはずなのに、なにを迷って身辺調査をしてほしいと言い出したのかがわからないだけに、不安は募る一方だ。


                   雑誌の記事を書くという普段の仕事の合間に、久坂をはじめとした数人の人物へ接触し、必要な情報を集めたところでいよいよ一年の最後、大晦日となった今日、夕方過ぎに彼に電話をかけてみた。
                   これから会えるか、という急な誘いに沖田は一瞬驚いた様子だが、「身辺調査がまとまった」と言うと、『すぐに行く』と返ってきた。年末年始、ホテルとしてはかき入れ時で総支配人としても休んでいる場合ではないらしいが、沖田は今日と明日の元旦の二日だけ休暇を取ったらしい。
                   ――いつも忙しいから、正月ぐらいは家でのんびりするんだろうか。ひとりで? 家族と一緒に? そもそもあいつがどういう暮らしをしているか、そういえばはっきり聞いたことがないな。
                   ふたりの関係に嫉妬という醜い感情を持ち込みたくないけれど、知っているようで知らないことも多い沖田の私生活を想像すると、疑いたくなってしまうのは自然な流れだ。巨大ホテルの総支配人という立場だけに、さまざまな出会いが沖田を待ち受けている。才能ばかりか、容姿にも優れた人物が多いだろうと思うと、自分らしくもなく落ち着かなくなるのだ。
                   ――どうして俺と一緒にいるんだろう。それなりに役立つからだろうか。むろん、俺もそうありたいと思うけれど、それだけじゃないところでも求めてほしいと思うのは、我が儘かな。
                   とりあえず、数時間だけでも一緒に過ごせるなら自分としても嬉しい。沖田を前にすると甘い言葉を言うのがどうしても照れくさいから黙り込んでしまうが、好きだから彼の無茶な願いも聞いてやりたいし、たとえ短い時間でもそばにいたい。そういうとき、べつに抱いてもらえなくても構わない。沖田がいまどんなふうに仕事にあたっているか、クラヴィア横浜の雰囲気はどうかという話が聞ければ、もう十分だ。
                   ――彼とは仕事を介して知り合った。なにより、自分の才能を信じてあの大きなホテルを引っ張っていく強い骨に惚れたんだ。あんたは俺の憧れなんだよ、沖田さん。
                   そんなことを正面切って言ったとしたら、どんな顔を見せてくれるのだろう。ひとり笑いしながら部屋を徹底的に掃除し、さっぱりしたところで風呂に入って汗を流したあとは、買い込んでおいた材料で水炊きをつくりはじめた。
                   手料理をつくるなんてめったにないが、沖田がこのマンションを訪ねてくるのも久しぶりのことだ。味付けが多少心配だったが、そこは知り合いのシェフで、いまはクラヴィア横浜のメインシェフでもある倉下に頼み込んで、簡単においしくできるコツを教えてもらった。
                   ――旨いものを食べ慣れているあいつが鍋なんて所帯じみたものを喜ぶかどうかわからないけど。
                   沖田ほどの立場なら世界各国の旨い料理を制覇しているはずだが、こういうところで変に肩肘を張ってもしょうがないだろう。水炊きでもてなせるかどうか謎だが、精一杯こころを込めてつくれば、普段はなかなか言えない気持ちも通じるんじゃないかということにしておきたい。
                  「鍋を食って好きだって気持ちが伝わるなんて変だよな」
                   苦笑いしていると、インターフォンが鳴った。はっと壁の時計を見れば、電話をしてもう二時間近く経っている。急いで迎えに出ると、ぴしりとしたスーツにコートを引っかけた沖田が立っていた。
                  「あ、……あの、……」
                  「ただいま。エプロンが似合っているじゃないか」
                   ちいさく笑い、沖田はワインボトルが入った紙袋を押しつけてさっさと部屋に上がってしまう。その後ろ姿を茫然と見送り、「……おかえり」と呟いたときには耳が火傷するぐらいに熱かった。シャツを汚さないようにとカフェエプロンを巻いていたことをすっかり忘れていたのも、痛恨の極みだ。
                   一緒に暮らしているわけでもないのに、このしみったれた挨拶はどういうことだとぎりぎり歯ぎしりするのは、むろん恥ずかしいからだ。
                  「今夜は鍋か。いいな、外も寒かったんだ」
                  「あ、……いますぐ準備するよ。コート預かるから、こっちによこせ」
                   リビングの真ん中に用意したこたつにもぐり込む沖田がコートを投げてくる。それを受け取り、寝室の壁にかけて再びリビングに戻ってみると、ジャケットを脱いで沖田はすっかりくつろいだ様子だ。
                   今夜はこのまま泊まっていくのだろうか。それとも、数時間いるだけで、結局自分の家に帰ってしまうのだろうか。
                   ――あと数時間で新しい年に切り替わろうとしている一年最後の日、一緒にいたいと子どもみたいなことを言って忙しい身の上のあんたを困らせるつもりはないけれど。
                  「腹が減ってるんだ。早く食べたい」
                  「わかったわかった。ちょっと待ってろ」
                   家主よりも堂々とした態度には、どうしたって噴き出してしまう。一瞬の気まずさも忘れて花岡は鍋を置いたカセットコンロの火を点け、沖田が持ってきてくれたワインを開けた。
                  「まずは乾杯といくか、今年もお疲れさん」
                  「ああ、ぎりぎりまでお互い頑張ったよな。……あんたに頼まれた調査も終わってるよ」
                   グラスを触れ合わせて芳醇な香りのワインを一気に流し込むと、沖田が嬉しそうな顔で、「そうか」と頷く。
                  「結果はあとで聞かせてもらおう。それよりも早く食わせてくれ。これ、もう煮えてるのか? 食べてもいいのか?」
                   腹が減っているというのは嘘じゃないらしい。そわそわしている沖田に笑いながら、花岡は機嫌よく菜箸を手に取った。


                   慎重な顔つきで花岡が調査の話を持ち出したのは、鍋もすっかり平らげ、ワインボトルも残り少なくなったあたりだ。テレビでは大晦日恒例の紅白歌合戦をやっていて、沖田も満ち足りた顔をしている。
                  「紅白歌合戦を見るのなんて何年ぶりかな……」
                   ぼそりと呟く男に笑いを堪えながら、鍋やコンロを片付けた。
                   超一流ホテルの支配人とふたり歌合戦を見ているというのも、なんだか変だ。思わず口元がほころんでしまいそうになるのを努めて引き締め、調査結果を切り出した。
                  「あんたがどういうつもりでこの調査を依頼したのかわからないけど、おおむね、クラヴィアの人間は沖田支配人の経営に満足していたよ」
                  「どのへんの人間に聞いたんだ」
                   暖かい室内でシャツの袖をまくっている沖田がワインボトルを傾けたが、空になっていることに気付き、花岡はまだ封を切っていないブランデーを棚から出して渡してやった。もらい物だが、そこそこいい味のものだ。
                  「現場クラスがメインだ。たとえばコンシェルジュの久坂さんとか、厨房のシェフとか。それからクリーニング部門のひとたちにも聞いたよ」
                  「管理職には聞かなかったのか? ほら、加藤や三浦を追いつめるときには重役に話を聞いたんだろう」
                  「あれは今回必要ないと思えたから省いた。逆に、現場のひとのほうがあんたを正しく判断するだろうと思ったんだ。管理職はさまざまな利害関係があって、本音を隠すことが往々にしてあるからな。……なあ沖田さん、あんた、なにが不安で自分がどう思われているかなんて知りたいんだ? 俺が話を聞いた誰もがあんたに強い信頼を抱いていたよ。クラヴィア横浜が今後どんなふうに変わっていくか期待しているとも言っていた。なのに、あんたはそういうスタッフを信用していないのか? 自分のやり方に迷いがあるのか?」
                   周囲からどんなふうに思われているか、誰でも不安に思うことがあるだろう。だが、それがあまりに高じてこころを病んでしまうことがある。多くのスタッフを抱える立場にある者は、とくにその兆候があるのだろう。
                   しかし、自分の印象なんてあやふやなものだ。百人に聞けば百人分の印象が返ってくるだろうし、たとえ「こう思ってほしい」と自分のいい面を全面に出したところで、みんなの目に同じように映るともかぎらない。
                  「コンシェルジュの久坂さんと一緒にラウンジでお茶を飲んだけど、旨かったよ。俺が最初に飲んだ味気ない紅茶とは大違いだった。久坂さんはあんたの指示が細部まで行き渡っていることを、俺に一発でわからせてくれたんだよ。そういう部下を持って、あんたはしあわせじゃないか。いったい、なにが不安なんだよ」
                  「誰が不安だと言った」
                  「は?」
                   思ってもみない切り返しに驚いて沖田を見やると、なぜだか苦笑いしている。
                  「俺を心配してくれたのか? だったら悪かったな、勘違いさせて」
                  「勘違いって……どういうことだよ」
                  「俺を調べるうえで、いろんな奴から俺の印象を聞いたんだろう。それで? おまえはどう思ったんだ、花岡。多くの部下に慕われる俺という人間に惚れ直さなかったか?」
                  「なに言ってんだ、あんた……」
                   あんぐりと口を開ける花岡に、沖田は声をあげて笑い出した。
                   なにが可笑しいのか、こっちはさっぱりわからない。すると沖田が素早く腕を掴み、強引に引きずり寄せてくる。
                   むりやり背中から抱き込まれてしまった花岡としては恥ずかしさのあまり、肩越しに振り向いて目をつり上げた。
                  「沖田さん、……ッ」
                  「馬鹿だな、花岡は。どうしてそう頭が固いんだ。俺の評判を聞いて惚れ直させたいから、あの調査を依頼したんだろうが」
                   そんな話があるか。一週間もかけた調査の依頼理由が、こんなに阿呆なものだなんて許し難い。
                   ほんとうに冗談じゃない、一発怒鳴ってやると憤然と振り向くと、さも楽しげな目とぶつかった。
                  「もし、おまえが俺に一ミリも興味を持っていなかったら、ギャラの発生しない仕事なんか引き受けなかったんじゃないのか? それでも調べてくれたってことは、多少なりとも俺を案じて――おまえのこころに俺が棲んでいるから、放っておけなかったんだろう?」
                   自分で言うかと思ったが、真っ向から反論する気分でもない。
                  「だからって、……俺を騙すようなやり方をしなくても……」
                  「そもそも、おまえが俺にまったく甘えないのが悪いんだよ。電話してもちっともいないし、たまに捕まえても『忙しい』とあしらわれる身にもなれよ。俺が一方的に好きなのかと疑ってもしょうがないだろうが」
                  「……ごめん」
                   思わず謝ってしまった。だがよくよく考えれば、沖田だって時間に追われる身で、こっちが電話をかけることもある。
                   なのに、いつもいつも、沖田は『もっと甘えろ』と言うのだ。
                  「でも、あんただって忙しいし、俺もどう甘えればいいかなんてわからない。電話も邪魔になったらいけないからしないだけで……。しつこくして嫌われるのが嫌なんだよ……」
                  「ほんとうは俺と一緒にいたいのか? だったらそう言えよ」
                   うしろから抱きすくめられて耳朶を甘く噛まれると、意地を張りたい気分がぐずぐずととけてしまう。
                   ここには自分と沖田しかいない。誰も見ていない。だったら今日ぐらい、甘えてもいいかもしれない。
                   部屋は暖かいし、沖田もやさしい。頬をなぞってくれる指の感触に身体が火照り出してしまうのも、きっと彼にはばれてしまっているはずだ。
                   じわじわと熱くなる頬をうつむけて、掠れた声で呟いた。
                  「……一緒にいたいよ。俺だってあんたのことが好きだから、心配になってあの依頼を引き受けたんだ。今夜だってふたりで食べようと思って鍋をつくったんだし、部屋も掃除したんだよ。……ていうか、いまさらだけど、あんた、家で待っているひとがいるってことはないよな」
                  「どういうことだ」
                   奇妙な顔をする沖田に、ひとり暮らしなのか、それとも家族と暮らしているのかと訊ねてみると、ますます訝しそうな表情になる。
                  「ひとりに決まっているだろう。それぐらい、どうしておまえが知らないんだよ。血のつながった家族ならともかく、俺がほかの奴と暮らしているなんて馬鹿なことを考えているのか?」
                  「だって、はっきり言ってくれたことがないじゃないか」
                  「はっきり聞いたこともないじゃないか」
                  「でも、部屋に招待してもらったことがない。沖田さんは一方的に俺の部屋に来るけど、その逆はない」
                   ああ言えばこう言う、の典型例になってしまった。勢いに任せた言葉が嫉妬混じりだったことに自己嫌悪してうつむくと、さも楽しげな笑い声が響く。
                  「……悪かったよ。そういえばそうだ。忙しくて招いたことがなかったかもしれないな。明日でも明後日でも、おまえの好きな日に来ればいい。今度合い鍵もつくろう」
                  「うん……」
                   照れくさいけれど、胸が満たされていく。広い胸に頭を擦りつけると、首筋に軽くくちびるが押し当てられていく。その感触に胸の奥がとろけて、もう少し我が儘を言いたくなってしまう。
                  「それから、あんたが今日と明日は休みを取っているって聞いたから、もしかしたら……」
                  「泊まっていくかもしれないと考えたか?普通の恋人みたいに」
                   とまどった末に頷くと、くすりと笑い声が聞こえる。
                  「泊まっていけよ。せっかく、久しぶりに会ったんだから……」
                   逞しい胸にもたれ、沖田の手がゆっくりとシャツを剥いで素肌に触れていくのを黙って許した。普通の恋人だったら、こんなふうにするのだろう。ふたりきりの部屋で身体を隙間なく密着させ、胸が疼くような熱と言葉をやり取りするのだ。
                   うなじにくちびるが押し当てられ、ぞくぞくしてくる。
                  「おまえは可愛いよ、唯。九十九パーセントは強情なのにな」
                  「沖田さん……」
                  「俺がいなくちゃ寂しくて眠れないぐらいのことを言ってみろ」
                   そんなこと誰が言うかと思いながらも、胸の裡でなら言ってやる。
                   ――そんなこと思いたくないのに、最近の俺はどうかしている。あんたともっと一緒にいたい。このまま帰したくない。
                   両方の乳首をこりこりとねじる沖田の長い指を見ただけで、身体のどこかがしっとりと熱くとけていく。ちいさくても感度のいいそこは沖田の愛撫を敏感に受け止め、腫れぼったく尖って触りやすくしてしまう。
                  「んッ――は……っ……」
                   たまらずに首をねじってキスを求めると、鋭いまなざしがすぐそばにある。沖田の目元も赤く染まり、急速に乱れる花岡の姿に煽られているようだ。唾液がこぼれてしまうほどに深く舌を絡め合い、ときどき、悪戯っぽくくちびるの端を噛まれた。それでお返しに沖田に同じことをしてやると、低い笑い声と一緒に顔中にくちびるが押し当てられる。
                   広い胸にすっぽりと収まり、とことん甘やかされるのが心地いい。いままで、誰にもこんなことをしてもらったことがない。それも当然だろう。男の自分を抱き締める余裕を持つ、まぎれもない男とつき合うのは沖田が初めてなのだ。
                  「もう勃たせてるのか」
                   ジーンズのジッパーがまっすぐ下りないことを指摘されたことで、羞恥に身悶えた。明るい部屋の中、羽交い締めにされているから、ボクサーパンツの縁を下ろして硬く勃起するペニスを引きずり出すところや、ぬるっとすべる亀頭のくびれを長い指がくすぐっていくところも、全部見えた。
                   まるでオナニーを手伝ってもらっているような淫らな構図に、よけいに感じてしまうことに沖田も気付いたのだろう。びくんと跳ねるペニスをいやらしく扱きながら、「たまには我を忘れてみろ」と笑う。
                  「眼鏡をかけてくそ真面目に仕事するだけがすべてじゃないだろう。俺だけに見せる顔があるんだろう?」
                  「……冗談……ッそんなこと、したら、……呆れるくせに……」
                  「それこそ冗談じゃない。いま以上におまえから目が離せなくなるだろうが」
                   膝立ちするように命じられて、よろけながらこたつに手をついた。ついでに、やかましいテレビを消してしまえば、しんと静まり返った室内をふたりぶんの熱っぽい吐息だけが満たしていく。
                   唾液で濡れた指に窮屈なそこを押し拡げられ、ひくんと喉を反らした。ゆっくり挿ってくる指に襞を丁寧に擦られ、信じられないほどに身体が熱くなっていく。
                  「っ……あッ……」
                   自分の部屋で、まさかこんな淫らな格好をさせられるとは思わなかった。しかも、相手は七つ上の男だ。過去に数度、リビングの隣にある寝室で抱き合ったことはあるけれど、場所を選ばずに求め合うなんて中学生のようながっついた真似をしたことはない。このあいだ、総支配人室で誘われたときだって最終的には寝室に連れていってもらった。
                   だが、今日の沖田にはそのつもりがないらしい。ひくつく粘膜を押し分けていく獰猛なものを想像させるようにぐるりと指を動かし、抜き挿しする。
                  「……そこ、……」
                  「いいのか?」
                   涙混じりに頷くとくるりと身体を返され、勃起したそこに噛みつくように沖田が顔を近づけてくる。
                  「あぁ……ッ!」
                   こたつの縁に座らされ、男に剥き出しのそこを咥えられて喘ぐ自分が信じられない。
                   沖田の頭をどうにか押しのけようとしても、先端の敏感な割れ目を舌でくちゅくちゅとくすぐられると鮮烈な快感が意識を支配してしまう。
                  「……ッいい……」
                   どうしてこんなに自分の感じるところを知っているのだろう。濡れた舌がぬるぬると竿を伝い、いやらしくふくれた裏筋を吸われると眩暈がするほど気持ちいい。シャツの裾がひらひらとかすめるそばで、先端のくぼみを指でつつかれると、溜まっていたぬるみがつぅっと糸を引いてこぼれ落ちた。
                   淫らな仕草を見せつけられて、おとなしくしていられるわけがない。
                  「沖田さん――沖田、さん……」
                  「ベッドに行くか?」
                   聞かれたが、即座に首を横に振って沖田にしがみついた。
                   震える指でスラックスのジッパーを硬く押し上げているそこに手のひらを這わせた。
                  「……おかしくなりそうだよ、あんたのここ、触ってるだけで……」
                   胸にある欲情を精一杯の言葉で言い表すと、沖田が目を瞠る。
                  「――おまえにそういうことを言われる俺のほうがどうにかなりそうだ」
                   沖田の両足のあいだにしゃがみ込んでジッパーを押し下げ、猛々しくそそり立つ男根を口いっぱいに頬張った。頬の裏側で亀頭を擦り、ぬちゅぬちゅと音を響かせてしゃぶるあいだ、頭上から艶っぽい吐息がいくつも落ちてくる。
                   口に収まりきらないぐらいに大きくしたところで、沖田が腰骨をきつく掴んできた。
                  「うしろを向け」
                  「あ……」
                   ぼうっとした頭で沖田に従い、こたつの天板にうつ伏せになって腰を上げた。
                   指と舌でやわらかくなったそこに勃ちきったものがあてがわれ、息を吸い込んだ瞬間、ひと息にねじ込まれた。
                  「――ん……っ」
                   沖田にしか感じない硬い熱を待ちかねていたかのように、貪欲に絡みついてしまう浅ましさにくちびるを噛み締めた。
                   もう何度も抱かれているのに、最初に感じる圧迫感は強烈だ。張り出した亀頭で狭いところを抉られ、擦られ、身体ばかりか頭の中までも熱くなっていく。
                  「……唯、いいのか」
                  「……うッ……う……」
                   押し出されるように呻き、シャツをとおして伝わってくる沖田の吐息に身体を震わせた。
                   男なら女を抱いて喘がせるのが普通だが、自分の場合は同性の沖田に骨が軋むほど抱き締められ、硬く太いものを身体のずっと奥に受け入れることまでする。涙を滲ませ、しだいに色濃い官能を混じらせていく喘ぎを漏らすことになるなんて、彼と出会った頃には想像もしていなかった。
                   沖田と出会ったことで、さまざまなことを知った。
                   自分の野望を押し進めるためならいくらでも非情になれる面や、異分子をばっさりと斬り捨てる潔い決断力に惚れたのはもちろんだが、その反面、彼なりに手に入れたものを慈しむことにも惹かれた。それが多少強引な方法であっても、沖田らしいなと思ってしまうのだから苦笑いしてしまう。
                   たとえば、いまもそうだ。
                   ――身体の隅々まで征服するような抱き方があんたにはよく似合っている。それにそう、俺もそのやり方に惹かれている。こうしているときだけ、あんたに屈服したふりをして、堂々としがみついてしまえるのが俺は嬉しいのかもしれない。
                  「あぁ……沖田――さん……」
                   突き動かされ、少しずつとろけていく襞をかき回すような動きに堪えられそうもなかった。夢中になって沖田の名前を呼ぶと、つながったままくるりと身体を返され、向き合った形で抱きかかえられた。うつむけば、互いに濡れた硬い毛が絡み合っている。少し腰を浮かせると、ぬちゅりと淫らな音とともに筋が浮き立った沖田のものが自分の身体の奥深くに挿っていくところがわずかに見えて、否応にも煽られてしまう。
                  「このままいかせてやろうか? でも、後始末が大変だぞ」
                  「……構わないよ」
                   現実的なことを言われて思わず笑ってしまった。間近で見る沖田も男っぽい相貌に汗を滲ませ、シャツをとおして伝わる体温も高めだ。
                   顔も名前も広く知られている彼のような男が、自分の前では自然に振る舞ってくれる。感じる顔を見せてくれる。そうとわかれば、忙しない日常の隙間にふっと生まれる密度の高い時間をもっと大事にしたいと思う。
                   ――あんたを独り占めしたいよ。
                   顔をほころばせてくちづけると、沖田はたまらなそうな顔をして腰をよじらせる。ちょっとした動きが、彼にも快感を刻むらしい。
                  「泊まっていくんなら、……あんたに掃除させてやる」
                  「ベッドメーキングならお手のものなんだがな。昔よくやらされたよ」
                   くだらないことを言って笑い合い、キスを繰り返した。
                   彼も自分もこころに決めた仕事に邁進する性格で、慌ただしい毎日を送っている。会えない時間が長引けば寂しさが募るのは当然で、ときどき大人げない喧嘩を繰り広げてしまうこともあるが、一年の締めくくりにこんなふうに抱き合えれば文句はない。
                   そう思えるのなら、沖田が依頼してきたあの阿呆な調査もそれなりの意味があったのだろう。
                   彼という人間をいま一度振り返り、さまざまな人間が抱く印象をつなぎ合わせた最後に、自分だけの純粋な想いをひとかけらつけ加えて惚れ直すという馬鹿馬鹿しい調査は、後にも先にも沖田にしかしてやるものか。
                   誰よりも深い声で「唯」と呼んでくれる男を抱き締め、花岡は微笑みながら彼の耳に囁いた。
                   仕事を愛し、それを理解しあえるパートナーにめぐり会えた嬉しさと、互いに心強い味方であるための勇気がずっと続くように。
                   愛してるよ。


                  ちくちく

                  0

                    仕事しています。

                    Twitterでも書いたんだけど、今週は細かい仕事の締め切りが毎日あるので気が抜けません。

                    ようやく折り返しに入って、明日1本仕上げたら初稿はいったん終了。

                    週末は鬼のように改稿頑張ります。

                     

                    来週と再来週は少しゆったりできるかなーという感じ♪

                    ほんとうは今月いっぱい休むつもりだったのですが。

                    いろいろスケジュールが入れ替わったので、11月に休めそうならちょっとだけゆっくりします。

                     

                    お友だちと11月に熱海へ原稿合宿に行こう! 

                    という話になって、宿泊先をいろいろ探していました。

                    最初はホテルかなと思ったのですが、執筆に適したテーブルや椅子がないことが多いんですよね。

                    なので、ここは頭を切り替えて、座卓と座椅子のある旅館に。

                     

                    いまは秋の行楽シーズンなんですかね?

                    熱海もわりと混雑していて、お宿を探すのに苦労しましたが、

                    その甲斐あっていい感じの旅館を見つけました。

                    温泉に入りつつ執筆しつつお喋りしつつ、楽しみますき

                     

                    さてさて、11/12のサイン会追加枠の募集期間もそろそろ後半戦に入るので、宣伝しておきますね。

                    コミコミスタジオ様のご厚意で、若干ですが追加枠を設けて頂くことになりました。

                     

                    バラサイン会応募はこちら!バラ

                     

                    せっかくの機会なので、ぜひいらしてくださいね。

                    たくさんお話できたら嬉しいです某うさぎ

                     

                    調子こいて夜食を食べる生活をしていたら、太りました……! 当たり前か。

                    今日から麺断ち、おかし断ちです。ウッ……kyu

                    頑張ります!

                     

                    拍手コメントのお返事ですハート

                     

                    10/19 13:04 焔は青く/炎は青く...さん>>

                    おおーありがとうございます! ラストがラストなのでどうかなとは思いますが、ダメ元で今度どこかの編集部に持っていってみますね!


                    Secret214(「くちびるに銀の弾丸」2006)

                    0

                      「おっ、澤村、呑んでるか」
                      「呑んでる呑んでる」
                       ノックする音に続いて唐突に開いた扉にぎょっとして振り向くと、案の定、水嶋だ。
                       切れ長の目元がいつになく赤らみ、普段なら口を閉ざしていることの多い男が今夜にかぎっては終始笑顔だ。ずかずかと室内に入ってくるなり隣にどかりと腰を下ろし、顔をのぞき込んでくる。
                      「よし、じゃあ俺が酌をしてやるからグラスを寄こせ」
                      「うわー……なんつう酔っぱらいだよ……」
                       見慣れないものを見て、吹きだしていいのか困り果てるべきか。澤村の隣に座った水嶋は勢いよくグラスにビールをそそぎ、盛大に泡をぼたぼたこぼしたまま笑顔で、「ほら」と寄こしてきた。そういう男に、本気で怒れるはずがない。慌てておしぼりで濡れた手やスラックスを拭いてやり、わざとらしくため息をついてみせたのだが、水嶋はにこにこしているばかりだ。
                      「しょうがねえな、もう。あんたのグラスもよこしな」
                      「うん」
                       こくりと頷く男からグラスをひったくってビールをついでやると、水嶋は一気に飲み干す。
                       天井のスピーカーからははやりの曲が流れ、フロアのあちこちで笑い声が響いていた。
                       ふたりの勤めるゲームメーカー、ナイトシステムが六本木の大規模なクラブを借り切った今夜、恒例の親睦会が開かれていた。毎年二月のバレンタインデーに開催されるパーティはナイトシステムの社員のみならず、つき合いのあるソフトメーカーや出版社、フリーのクリエイターが一挙に集まるため、大層華やかなものになる。つい少し前までは、海外旅行や大型液晶テレビが当たるビンゴ大会が開かれ、今日のために呼ばれたバニーガールたちが笑顔で当たり番号を読み上げるたびに、フロア中がにぎやかに揺れたものだ。
                       昨年のナイトシステムは、水嶋が制作した『ぼくらのおやすみ』というソフトでミリオンヒットを飛ばしたおかげで、文句なしの業績だ。パーティも例年より大がかりなものになり、この春にも追加ボーナスが出る勢いだ。誰も彼もがはしゃいだ顔をしているのは当然というところだろう。
                       水嶋もそのひとりなのかもしれないが、彼の場合は自身によるヒット作に浮かれているというよりも、今夜ここに集った客に次々に呑まされたせいかもしれない。
                      「あー……呑まされた……」
                       大きく伸びをする水嶋が身体をもたせかけてきたので、「頭、乗せなよ」と膝を貸してやると素直に寝そべり、気持ちよさそうにため息をつく。ストイックな印象の相貌に映えるシングルスーツに皺が寄るのにも構わず、ソファに乗り切らない片側の靴紐がほどけかかっていた。
                       日頃の毅然とした態度はどこへいったのか。大勢のひとを逃れて、フロア三階にあるVIPルームにやっと逃げ込んできた水嶋に苦笑し、ネクタイの綺麗な結び目をゆるめてやっていると、「煙草、吸いたい」と聞こえてきた。
                      「なんだよ、今夜はずいぶん甘えっ子じゃねえか」
                      「悪いか」
                       からかうように笑うと、水嶋も可笑しそうに口元をゆるめる。
                      「しょうがないだろ。夕方から延々呑まされっぱなしなんだ。何回も乾杯の音頭を取らされるし、ステージで挨拶させられるし……ああいうの、恥ずかしいからいやなんだよ。……あ、サンキュ」
                       くわえ煙草に火を点けてから水嶋のくちびるに挟んでやると、旨そうに深々と吸い込んでいる。
                      「挨拶なんて慣れてるんじゃねえの? ゲームショウでもトークショーにはよく出てるじゃん。雑誌インタビューだって似たようなもんだし」
                      「そうだけど、あれはなんていうか、あくまでも仕事の一環だろう。今夜みたいに見知った顔を前にした挨拶っていうのは妙に気恥ずかしい」
                      「わかる気がするけどね。仲間を前にして改めて挨拶するってのも、ちょっと照れるよな」
                      「なのに、おまえときたらさっさとVIPルームに逃げ込みやがって」
                       じろりと睨まれ、「いやいやいや」と澤村も大げさに手を振った。
                      「俺だってもう散々呑まされてんだよ。あのまま下のフロアに居続けたらそのうち絶対呑みすぎて倒れると思ってさ。あとは瀬木に任せてきた」
                      「ずるい奴」
                       くすくすと笑う水嶋と自分がいるのは、吹き抜けの円形フロアを見下ろすことができるVIPルームのひとつだ。はめ殺しのガラス窓から下をのぞけば、輝くライトを弾いてはしゃぐひとびとが見える。
                       トップクリエイターとして名高い水嶋が次々に酒をつがれる側だとしたら、ナイトシステムのチーフ広報である澤村はやってきた客にどんどん挨拶してどんどん酒をつぐ側だ。広報という仕事柄、顔見知りの数は桁違いに多い。しょっちゅう会う出版社の人間やフリークリエイターなら名前も顔も完全に一致しているが、その連れの友人の知人といったところまで参加している状態では、愛想を振りまくのにも限界がある。それでもパーティ開始から三時間近くは広報としての役目を果たすべく奮闘し、知り合いに酒を呑まされ続けていい加減つらくなってきたところで、「おまえに任せたからな、次代のチーフを狙うんだろ」と瀬木の肩を思いきり叩いてこの部屋に駆け込んだというわけだ。
                       部屋の灯りを落としたVIPルームは少人数用で、座り心地のいいゆったりしたソファの前には少し前にボーイに持ってきてもらったミネラルウォーターの入ったピッチャーとグラス、それにビールが並んでいた。
                      「酒はもういい……」
                       ぐったりした感じで呟く水嶋に、思わず笑い出してしまった。手元にあるリモコンで天井から流れ出す音楽のボリュームを絞ると、遠いところから喧噪が聞こえてくるだけになり、間接照明のやわらかい光で満たされる室内は静けさを取り戻す。
                      「疲れただろう。パーティはまだ続きそうだから少し寝ておけば」
                      「んー……」
                       スーツ姿の水嶋は眠そうに瞼を擦り、澤村の膝に頭を乗せたままごろりと寝返りを打つ。フロアは違えど、仕事関係の人間が大勢いる場所でこんなふうに甘えてくるなんて、初めてじゃないだろうか。澤村の膝枕でうつらうつらしているところを見たら、あの瀬木でさえ腰を抜かすはずだ。
                       ――よほど呑まされたんだろう。『ぼくおや』ヒットを祝う酒じゃ、このひとも断れないだろうし。
                      『ぼくおや』は発売後、一年経っても未だ売れ続けており、ゲーム業界でも驚異的なロングセラーを放っていた。今日のこのパーティも、水嶋率いる『ぼくおや』チームをねぎらうためという側面がある。
                       そういう場所で、水嶋も仏頂面を決め込むわけにはいかないのだろう。まめな対応と愛想の良さがウリの広報ならば、誰かに話しかけられてとっさに笑顔を取りつくろうこともできるが、水嶋にそういう器用さはない。
                       広報はあくまでも、相手とのあいだに「仕事の話題」というものが挟まっているが、水嶋に近づくひとびとは皆、彼自身に興味を持っている。
                       褒めそやされ、敬われ、注目を浴び続けることがどれほどのプレッシャーを呼ぶか、正直なところ恋人としても計りかねるというのが本音だ。笑顔で近づいてきても、内心は水嶋に対してねじくれた感情を抱いている者もいるだろう。
                       ――このひとに近づくひとみんなが味方じゃないしな。
                       実際、なかには「水嶋はもう終わった」と言い張る者が業界内外にいるのだ。
                       ナイトシステムに来る以前、べつのメーカー在籍中に手がけたゴシックホラー・アクションアドベンチャーで、水嶋は一躍トップに躍り出た。そのときの印象が強いのだろう。『ぼくおや』のようなのんびりした世界観が受け入れられず、知ったような顔で「水嶋も日和見になっちゃって。子ども向けのものをつくり始めたらもうおしまいだよな」と冷笑する奴がいることを、澤村も知っている。
                       だけど、あえて抗弁することもない。したり顔でああだこうだと言う奴がいる反面、『ぼくおや』の世界に存分に浸ってくれるユーザーもいるのだ。
                       ――いまは大人も子どももゲームで遊ぶ時代だけど、このひとはそのへんの区別を意図的に大きくつけようとしているわけじゃない。誰でも、気に入ったらすぐに手に取れるような敷居の低さを目指しているんだ。楽しい世界を楽しく感じられる、そのことだけを頭に置いているんだ。
                       自分の生み出した世界をより多くのひとに触れてもらえるよう、こころを砕く男をそばで見ていて、後押ししてやりたいと思う気持ちはいつの間にか自然とこの胸に根付いていた。
                       水嶋とて、つまらないことを言って滅入らせようとするタイプの人間がいることを知らないわけではないだろう。昔、『ぼくおや』にバグを仕込もうとしたプログラマーの木内がいい例だ。かつての同級生に裏切られる気分というのは、どんなものなのか。
                       澤村自身、未だなにかの折りに思い出すことがあるが、彼のほうはなにも言わない。
                       あのときのことを忘れたわけではないだろうが、いまやるべきことに意識を集中している。そんなふうに感じられるのだ。
                      「案外、あんたってしっかりしてるところはしっかりしてるよな」
                       笑いながらやさしく髪を撫でると、水嶋は薄目を開けて、「なにが」と呟く。
                      「俺がいなくても大丈夫なんじゃねえのって思ってたとこ」
                      「当たり前だろ。澤村なんかいなくたって俺はちゃんとやっていける。ばかにするな。こう見えても俺は今年三十三で……」
                       言っているそばから、はぁ、と熱っぽい時を漏らしながら腰に顔を押しつけてくる男の言うことなんか説得力ゼロだ。「はいはいわかったわかった」と笑い出すと水嶋はむっとした顔で起き上がり、「あのな」と斜な視線を向けてくる。
                      「そうやっていつもからかうけど、俺がどれだけもてるか知らないだろう」
                      「知らない。ぜーんぜん知りません」
                       恐ろしいほどの酔っぱらいに、笑いを噛み殺すのがどれだけ難しいか。今夜の水嶋はめちゃくちゃだ。話があちこちに飛んでいることすら、自分で気づいていないんじゃないだろうか。
                       ――からかったことと、もてるもてないってのがどうしてつながってんだか。
                      「今日はバレンタインだっただろう。俺なんか死ぬほどチョコレートをもらった」
                      「誰から」
                      「パーティに来た女性全員から」
                      「へーえ、スゲエな。水嶋さんってもてるんだぁ。ていうか、そんなこと言うなら俺だってめちゃくちゃもてるんだぜ。持って帰れないぐらいのチョコレート、クロークに預けてある」
                      「どれぐらい」
                      「んー、百個まではいかないかな」
                       ばかばかしいやり取りに水嶋はふっと鼻で笑い、「俺なんかそれ以上だ」と胸をそらす。
                       いまこの一瞬を携帯カメラで撮ってやれたら、どんなに楽しいだろう。あとで何度も繰り返しそれを本人に見せて、逆上するまでいたぶってやりたい。
                       普段の水嶋からはまったくかけ離れた一面が可笑しくて可笑しくて、涙が滲みそうだ。
                      「それ以上って、どれぐらい?」
                      「段ボールで送られてきた」
                      「マジかよ」
                      「マジで」
                       思わず乗ってしまった澤村に、水嶋は素直に頷く。そういうあたりが、どうにも可愛いと思わされるゆえんだ。膝枕してやっていたときに頭をぐりぐりと擦りつけていたせいか、髪の一部が撥ねているのを見ると撫でつけてやりたくなってしまう。
                       どこからどう見ても大人の男が自分の前でだけだらしなくなったり、甘く崩れたりするのだ。そんなことのひとつひとつが最近、前にも増して嬉しく感じられるのだから自分でも困る。
                       ――そういう顔を見られるのが恋人の特権だからな。
                      「段ボールで送ってきた奴ってどんなのだ」
                       訊ねてみると、水嶋の笑顔が本物になった。
                      「『ぼくおや』のユーザーだよ。正確に言えば俺宛じゃなくて、『ぼくおや』のキャラクターたちに」
                      「ああ、なるほどな」
                       互いに吹きだした。あの世界に惚れ込んでくれている子どもたちが送ってきてくれたチョコレートなら、間違いなく純粋な愛情がこもっているはずだ。
                      「あとで澤村にも分けてやるよ。食べきれないほどもらったんだ」
                      「瀬木や北野たちにも振る舞ってやったら。俺はあんただけでいい」
                       ぐっと肩を引き寄せたとたん、水嶋が大きく目を瞠る。澤村の切り込むような目つきに深い艶を見て取ったらしく、いま頃になって顔を引き締めようとしているが、もう遅い。あれだけ煽られて、黙っていられるかという心境だ。
                      「待てよ、おまえ……こんなところで……」
                      「あ、なに、いまさら酔いが覚めたとかふざけたこと言うんじゃねえだろうな。さっきあれだけ可愛く誘ってきたくせに」
                      「誘ってない!」
                      「誘っただろ」
                       もがく男を押さえ込むのは、思っていた以上にたやすい。酒が浸透した身体で抗うのはつらいらしく、くちびるを重ねた瞬間、水嶋の目がじわっと潤むのがわかった。
                      「ばか、まずいって……パーティの途中、だろ……」
                      「だからなんなんだよ。俺に触ってきたのはあんたのほうだろ。俺はね、弘貴に触られておとなしくしているような男じゃねえんだよ。……とっくにわかってんだろうが、それぐらい」
                      「ん、ん……っ」
                       ソファに崩れ込む男に覆い被さり、両手で頭を鷲掴みにしてくちびるを甘く吸ってやった。蕩けてしまいそうに熱い吐息を飲み込み、口蓋をしつこく舐めしゃぶってやると、水嶋の四肢から力が抜けていく。
                       ホテルや自宅以外で触れ合うことを頑なに拒む男でも、今夜ばかりは酒のせいで自制がきかないらしい。澤村が試すように舌をきつく吸い上げ、唾液をとろりと伝わせると、そのあとを追うように首に両腕を絡み付けてくる。
                      「……朗……」
                       せつなく掠れていく声を聞くだけで、こっちがおかしくなりそうだ。薄暗い照明の中、水嶋のシャツを剥ごうとすると思いのほか抵抗された。
                      「いやだって、ここじゃ……!」
                      「じゃ、どうすんの。いますぐ抜け出してホテルでも行く? でも三十分後にはあんた、もう一度挨拶しなきゃなんないだろ。だからって、このまま放っておいていいとは思えねえけど」
                      「っ……」
                       互いのスラックスの前を擦れ合わせるように抱き締めると、水嶋がひくんと喉をのけぞらせる。男にしてはきめの整った肌に歯を突き立ててやれば、腕の中の身体が一層火照るようだ。
                       きつく閉じた瞼の縁が赤らんでいる。それを見ていたら、もっと強く揺さぶって泣かせてしまいたくなる衝動に駆られるが、ここでむりをしてもしょうがない。
                       同じ男で、いまはもう同居もしている間柄だ。なのに、いつまで経っても水嶋の中の羞恥心は薄れず、それが澤村を夢中にさせるのだ。
                       どんなに深く交わり合ったとしても、他人だからこそ崩せないものがある。水嶋の場合、それが羞恥心だったり、プライドだったりするのだろう。
                       ――それでいいんだ。ずっと変わらないものを持ち続けるあんたは、俺を強く惹きつけるんだ。
                       汗ばむ額をやさしく撫でて、澤村は「それじゃ」と彼の前にしゃがみ、大きく開かせた両足のあいだに身体を割り込ませた。
                      「口でしてやる。残りは、パーティが終わったらな」
                      「え、――……朗、待てよ、……ッあ、……あ!」
                       阻まれる前にスラックスのジッパーを引き下ろし、とっくに昂ぶっていた水嶋のそこを下着の縁からのぞかせた。自分のものより少し細めで、先端のくぼみに透明なしずくを滲ませた男の反り返るものを見るだけで、頭の底が熱くなってくる。もう数えきれないぐらい愛撫してやったのに、感じやすい水嶋が必死に快感を堪えようとしている声を聞いただけで興奮してしまう。
                      「感じさせてやるよ」
                      「あ――……っ」
                       細く尖らせた舌先でちろちろと割れ目をくすぐると、我慢できない感じでとろとろと愛液があふれ出す。淫猥な舌遣いに、水嶋は驚愕のあまり目を閉じることも忘れているらしい。頬をかっと赤らめて澤村の頭を押しのけようとして失敗し、掠れた声をあげてのけぞる。
                      「っ……よせ……! 誰か、来たら……」
                      「余裕あるじゃねえか」
                       不敵に笑い、握り込んだそこをねっとりと舐った。とくにくびれのところはしつこく舌を這わせ、水嶋がすすり泣いてもやめなかった。うしろのくぼみにも指を這わせてやさしく擦ると、自然と腰が浮き上がって水嶋みずから口淫を求めているような格好になるのが、またいい。
                      「ん、あ……」
                       硬く勃起したものは欲情に先端を色濃くし、水嶋の端正に整った相貌とは不釣り合いなほどに淫猥だ。そういうところにも惹かれると言ったら、惚れすぎだと笑われるだろうか。
                       シャツが少し乱れていても、ネクタイは締めたまま。だけど、スラックスのジッパーだけ下ろして、剥き出しにさせられたそこをいいように弄られて喘ぐなんて、いつもの水嶋だったら絶対に許していなかったはずだ。とすれば、たまには泥酔してくれるのもいいかもしれない。
                       ほんの少し前までは、日めくりカレンダーのように女を取っ替え引っ替えしていたのに、いまじゃたったひとりの男に身もこころも奪われている。
                       切れ味のいい仕事ぶりを見せてくれる反面、こんな場では超然と構えていることもできず、自分と同じように昂ぶり、感じることを言葉ではなく、身体そのもので教えてくれる男から一瞬たりとも目が離せない。
                      「……い、きそう……朗……もう……」
                      「もう少し感じなよ。パーティが終わるのが待ちきれなくなるぐらいにさ」
                       言うなり、ぬるっと扱いてやると水嶋が身体を強く震わせた。
                      「ん――ン……ッぁあ……っ!」
                       口に含んだまま扱いてやると、熱いしずくがびゅくっと喉の奥に引っかかる。硬く脈打つものを澤村は丁寧に舐め回し、しつこくしずくを誘い出すように何度も先端の割れ目を舌先でつついた。
                      「――朗、もう、……いい……」
                       熱っぽく気怠い声で水嶋が呟くので、下肢を拭いて身なりを整えてやったあと、「満足した?」と顔をのぞき込んだ。
                      「……おまえは……」
                       乱れた髪を乱暴にかきあげる水嶋の目元は、一方的にいかされたことの悔しさのせいか、場所を選ばずに感じさせられた恥ずかしさのせいか、ひどく潤んでいる。
                       その顔を見て、仏頂面でいられるか。
                       なにも知らない男ならいまの行為だけで十分満足するだろうが、水嶋も、自分もそうじゃない。もう長いこと、互いの身体にひそむ深い熱の虜になっているのだ。ただ触れ合うだけじゃもの足りない身体になっていることがわかっていれば、こころの底から微笑んで、じわじわと熱く、赤くなっていく耳たぶを噛んでやればいい。
                      「あんたがこれぐらいじゃ満足しないってこと、俺にはばれてるんだよ」
                      「……それなら」
                       欲情冷めやらぬ眼差しで射すくめてくる水嶋が、憤然と立ち上がる。それからおもむろにジャケットの内側から財布を取り出し、クレジットカードを投げつけてきた。
                      「俺が挨拶してるあいだ、これで近くのホテルを押さえておけ。スイート以外許さないからな」
                      「待てよ、バレンタインの今夜にスイートルームなんかどこも……」
                       空いてねえだろ、という反論は、扉に行きかけていた水嶋が足早に戻ってきたことでかき消えた。ソファのうしろに立った男を振り返るや否やいきなり顎を掴まれ、ぐいっとねじられる。
                      「弘貴」
                      「……もの足りない。もっと朗としたい」
                       甘く掠れた声に目を瞠るのが先か、くちびるをふさがれたのが先か。ただくちびるの表面が重なるだけのキスなのに、しっとりと濡れた感触がひどく疼くものをもたらしてくれる。
                       水嶋らしからぬ挑発に目を見開いたままなのが、可笑しかったらしい。
                       ネクタイを締め直した男が、ふと肩を揺らして笑い出す。しばし呆然としていた澤村も、やがて楽しげな声につられて笑ってしまった。
                       これでこそ水嶋だ。やられっぱなしで黙っていないところが、同性ならではの醍醐味だ。つき合いだした当初は自分との恋に臆する面もあったが、いまでは日に日に力を増し、ときおり、こっちがびっくりするようなことをやってくれる。
                       たとえば、いまのキスのように。
                       軽く触れただけでも甘くみずみずしい熱を残すキスは、水嶋にしかできないものだ。
                      「やるじゃねえか、あんたも。いま言ったこと、覚えとけよ。広報の意地に懸けて、東京じゅうのホテルをかっさらってでもスイートを探しておいてやる」
                      「だったら、俺も早めに挨拶を終えてくる」
                       現金なことを言いながら部屋を出ていこうとする男を捕まえて、澤村はそっと囁いた。
                      「どれだけたくさんのひとからチョコレートを贈られても、あんたをいちばん好きなのは俺だよ」
                      「……うん」
                       いい大人が交わすには甘ったるい言葉だが、水嶋ははにかむように微笑んでいる。その顔にもう一度くちづけると、チョコレートよりも甘い疼きが身体じゅうに広がっていくようだ。
                       ひとりきりでいたらけっして味わえなかったもどかしさを、楽しさを、せつなさを意識の隅々まで染み渡らせる今宵、パーティのざわめきが遠ざかったら、今度はふたりで終わらない熱を探しに行くのだ。



                      profile

                      書いた記事数:72 最後に更新した日:2018/10/12

                      calendar

                      S M T W T F S
                            1
                      2345678
                      9101112131415
                      16171819202122
                      23242526272829
                      3031     
                      << December 2018 >>

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      links

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM