烈火の誓い(『烈火の契り』番外編)前編

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    「沖縄までの……チケット?」
    「そうだ。斎、来月頭から一週間ぐらい、少し遅めの夏休みが取れると言ってただろう。俺も夏休みを合わせたんだ。だから、一緒に沖縄に行こう」
    「だからって、また急な話だな」
     八月中旬を過ぎた都心は蜃気楼が見えるかと思うほどの暑さに見舞われ、午後二時を過ぎたいま、ティーラウンジの窓の外を歩くひとは少ない。皆、この猛暑にやられてどこか涼しい場所へと逃げ込んでいるのだろう。
     大里斎はいまさっき渡された沖縄行きの飛行機チケットを見つめたあと、向かい合わせに座る男にちらりと視線を流す。
     最初に出会ったのは、十八年前。東京からずっと離れた沖縄よりもっと先にある離島に住んでいたのが、高良光司という男だ。十歳のとき、斎は父親に連れられて神喜島というちいさな島に遊びに行った。ひとの手が入らない美しい珊瑚礁と青い海、空、力強い緑に恵まれた神喜島に一目で魅了されてしまったが、過疎化が進んでいた島には子どもが少なく、斎と同じ歳の子どもは光司ひとりだった。ふたりは最初の数分、互いを警戒し合っていたが、斎の目の中に島への魅力を感じ取ったのだろう。『遊ぼうぜ』と灼けた顔で笑いかけてきた光司が手を差し出してきたことで、夢のような一週間は始まった。
     ――父さんは、よそ者を拒む神喜島の出身だった。そのことを知ったのは、ほんとうにごく最近のことだ。
     仕事絡みで十八年ぶりに神喜島に渡ることになった不動産会社勤めの斎は、幼い頃の想い出が詰まった島をリゾート開発で豊かな自然環境を壊されたくないために、必死に同行者を説得した。高良も、島の出身者ということで案内役としてメンバーに加わっていたが、彼の左目の下にある泣きぼくろにまつわる謎や、せっかく再会できたのにつれない素振りのわけを追っているうちに、メンバーの不仲がピークに達し、同行者のひとりが毒殺されるという悲劇まで起きた。
     もう、ずいぶん昔のことにように思えるが、実際のところは一か月ちょっと前の出来事だ。
    「行くだろ? 斎」
     鷹揚に足を組み替え、ネクタイの結び目をゆるめる高良独特の骨っぽさは、大勢のひとで賑わうラウンジ内でもひときわ映える。そのことに、なんとも言えないもどかしさを感じて黙っていたが、テーブル下でコツンと靴の爪先をぶつけられ、思わず苦笑してしまった。
    「わかった。……行くよ」
    「さっきからなに緊張してんだ。それとも夏バテか?」
    「違う。光司のスーツ姿、初めて見るから……めずらしくてさ」
     島で再会したときは、Tシャツにゆったりしたドローストリングパンツというラフな格好だったのだ。あの格好は自然あふれる神喜島だからこそ似合うものだ。ほんとうの高良は環境省に勤めている。精悍な容姿をしっかりと包み込む紺のスーツがしっくりはまっているが、見慣れない姿だけに、やけに意識してしまう。糊のきいた白いワイシャツや、シックな色合いのネクタイは高良の男っぽさをますます強調させている。
     斎とて、男として端整な顔立ちと引き締まった身体をしており、不動産会社の社員としてスーツは当たり前に着こなしていた。だが、高良の野性味あふれる切れ長の目で射竦められると、ここが都心のティーラウンジではなく、ふたりだけで見つけた神喜島の隠れ場所にいるような錯覚に襲われる。
     軽く笑い、アイスコーヒーを飲み干した高良がぐっと身を乗り出してきた。
    「昼間からそういう目で俺を誘う気か?」
    「誘う? ……違う、そんなんじゃ!」
    「ふふ、おまえのそういうとこ、いつまでも変わらねえよな」
     からかわれるように額をつつかれ、恥ずかしさに慌てて身を引いた。
    「バカ、人前で……こういうことするな」
    「しょうがねえだろ。俺もおまえも仕事が忙しくて、しばらくぶりに会うんだ。隙があれば触りたくなるのが当然ってもんだろ」
     さらりと言う高良の言葉をいちいち真に受けていたら、身が持たない。恋人より深い繋がりを持つ自分たちは同じ東京に住んでいても互いに忙しく、たまに夕飯を一緒にすることぐらいが精一杯だった。正直なところ、肌を重ねる暇もなかった。
    「沖縄本島で一週間も遊ぶのか?」
    「ま、たまにはそういうのもいいだろ。途中で飽きたら、他の島に渡ってもいいし」
    「そうだな。うん、楽しみにしてる」
     笑顔を向けると、高良も「目一杯、楽しもうな」と微笑んだ。


    「うわあ……いいなあ、やっぱりこっちは太陽が容赦ない。光司、あのへんの浜でちょっと休まないか?」
    「オッケー。ちょうど昼時か。じゃ、ホテルでつくってもらった弁当、あそこで食べるか」
    「うん!」
     全開にしたレンタカーの窓から大自然を楽しんでいた斎は笑顔で大きく頷いた。
     九月頭の沖縄はまだまだ夏真っ盛りで、どこに行っても眩しい太陽が肌を熱くさせてくれる。それが、斎には嬉しい。オフィス街のこもった蒸し暑さとは違い、沖縄の空気はまっすぐ突き抜けるような暑さだ。いい具合に空気も乾いていて、木陰に入れば結構涼しい。
     本島のずっと北のほうはわりあいひとが少なく、浜辺も穏やかだ。近くの駐車場に車を停めた高良と一緒に、レンタカーの後部席に乗せていたクーラーバッグやシートを取り出し、サンダルをパタパタ言わせながら浜辺へと下りていった。
    「このへんなら直射日光を浴びなくてすむだろ」
    「そうだな、ここにするか」
     大きくせり出した樹木の下にシートを敷いて並んで座り、高良がホテルに用意させた昼飯が入った箱の蓋を開いたとたん、斎は声を上げて笑ってしまった。
    「わざわざ、おにぎりをつくってもらったのか?」
    「そうだ。おかかと、鮭と、梅干し。あと、こっちはおかずだ。唐揚げとたまごやき、あといろいろ」
     ふたりが沖縄本島で泊まっているのはハイクラスのホテルだ。だから、弁当と言ったらなんとなくサンドイッチのような洋食だろうかと想像していたのだが、いいほうに裏切られた。
    「こっちのポットには氷詰めの麦茶が入ってる」
    「準備いいな、光司。いつの間に注文したんだ?」
    「おまえが昨日、ホテルに着いて、俺に抱きつく余裕もなくいきなりベッドに倒れ込んだあと」
     日陰でいたずらっぽく笑う高良の言葉に、頬が熱くなってしまう。
    「しょうがないだろ。ギリギリまで仕事してたんだ。ホントはちゃんと余裕を持って仕事してたんだけど、せっぱ詰まったところでトラブルが起きたんで、出発直前はほとんど寝てなかったんだ」
    「ああ、いい、いい。とりあえずぐっすり眠れたか?」
    「おかげさまで。……朝、目が覚めたとき、波の音が聞こえてきたんで、まだ夢を見ているかと思った」
     おにぎりをぱくつく高良は、「なら、よかったな」と言っているが、斎は彼の隣にいるだけで胸が昂ぶる。自分では制御しようにも制御できない熱を身体の奥深くに高良に流し込まれたのは、神喜島のとき一度きりだ。男同士で都心でデートというわけにもいかず、彼の住んでいる部屋を何度か訪ねたが、運悪く不在が続いた。高良のほうもそうだったようだ。
    「おまえ、いつあの部屋に帰ってるんだよ。俺が訪ねてもいつもいないじゃないか」
    「光司だってそうだろ。俺は何度か連絡したし、会いたいって伝言も残したけど、お互い、仕事がぶつかってばかりだったじゃないか」
    「そうだよなあ……。でも、いまはやっとふたりきりだ」
     綺麗に弁当を平らげた高良がさりげなく手を掴んできたことで、どくんと鼓動が躍る。自分でもこの反応の早さはなんなんだとなじりたいが、高良の接触はいつだって唐突で、思いがけない重みと熱を残していくのだ。
    「……光司、おまえ、俺とふたりきりで過ごしたくて、この旅行を計画してくれたのか?」
    「当然。それ以外になんの理由がある?」
     周囲にひとがいないのをいいことに危ういまでに顔を近づけてくる高良のTシャツからは、からからに乾いた太陽のいい匂いがする。
     ――神喜島でも、なんの前触れもなく俺に触れてきた、そして最後にはひとつになった。俺は光司に性的な快感ばかりを求めているわけじゃないけど、でも、こんなふうにされるとどうしていいかわからなくなる。
     くちびるのラインを際どく人差し指でじんわりなぞられ、自然と誘うように開かされてしまう。「……あ」と斎は掠れた声を上げそうになり、とたんに恥ずかしくなって急いで顔をそらした。それで爆笑するのが、高良だ。
    「なんだよ、せっかくいい雰囲気だったのに。俺にキスもさせてくれねえのか?」
    「違う! ……まだ昼間だろ。誰がいつ来るかわからない場所でできるか」
    「じゃ、夜になったらおまえを貪ってもいいのか。先に言っておくが、俺は前におまえを抱いたあと、ずっと我慢してるんだ。一度お前が肌に触れさせることを俺に許したら、どうなるかわからねえぜ?」
    「……っ、そういうことは、夜になってから言え!」
     脱ぎ捨てたTシャツで思いきり高良を引っぱたき、斎は急いで波打ち際まで走った。高良も笑いながら後を追ってくる。サンダルを脱ぎ捨て、ハーフパンツも脱いで水着になったところでざぶんと勢いよく海にもぐった。
     塩辛い海水が、灼けた肌をゆるく冷やす。海中で、高良が「見ろ」と言うように指さすほうを見ると、真っ青な可愛らしい熱帯魚が群れをなして泳いでいた。少し先の珊瑚礁の陰からは思わず笑ってしまうほどの無愛想な顔をした大きな魚も出てくる。何度も海面に顔を出して息継ぎし、素潜りしては綺麗な海の世界をふたりして楽しんだ。
    「……すごいよなぁ……、海には海だけの世界があるんだ。陸にいる俺たちよりずっと自由な気がする」
    「そこが甘ちゃんだな、斎は。海だって弱肉強食の世界だぜ。ここらにはいないが、サメやくじらを目の当たりにしたら、こっちはあまりのちいささにびびるぐらいだ」
    「だよな。たまに、深海に棲む奇妙な大イカやタコが上がったってニュースを見る。ああいうのを見てると、なんていうか……自由っていうより、海には海独自のルールがあるって気がする」
    「そういうことだ」
     濡れた髪をぐいっとかき上げる高良が、大きな手を伸ばしてきて斎の額に張り付いた髪をやさしくときほぐしてくる。
    「少し休むか?」
    「うん、結構陽射しがきついもんな。無茶して遊んでると日射病になりそうだ」
     高良と連れ添って木陰に戻り、冷たい麦茶を飲み飲み、なにを話すでもなく青い海を眺める気分は至福のひと言に尽きる。たまに、うとうとしてしまうぐらいの心地よい風が吹き抜けていく。
     東京で暮らすのは嫌いじゃない。最新の情報がいっぺんに集まるところだし、次々に新しいおもしろさが体験できる場所だ。
     それでも、たまに四角いマンションから飛び出し、こんなふうに、なににも、誰にも繋がれない場所で、自分というものを解き放ちたい気分に駆られる。
    「東京にいると、そういうのが難しいよな。仕事があって、肩書きがあって、世間体があって……まあ、そういう社会的なものはどこにいっても必要だけど、一年に一回ぐらいはこういう場所で、抜け殻みたいな感覚になるのってすごく気持ちいい」
    「抜け殻? どんなのだ、それ」
     寝転がってうつ伏せになる高良の背中についた砂を軽く払ってやりながら、斎は笑った。
    「俺の身体はあくまでも器みたいなもんなんだよ。中に入ってるこころとか、……魂とか、そういうのが、こういうところに来ると、自然と抜け出て綺麗になる感じなんだ」
    「斎、おまえ、詩が書けるんじゃねえのか」
     笑っているが、高良も、「俺も同じ気分だ」と言う。
    「東京でずっと暮らしていくかどうかわからねえけど、たまにはふたりで、ここに来ようぜ。陽射しを浴びてると、東京での悩みとかストレスとか、吹っ飛ぶよな」
    「光司でも悩みがあるのか」
    「おまえ、少しは俺を人間扱いしろよな」
     冗談を言い合い、ほどよく休憩を取ったところでシートを片付け、車に戻った。五泊六日の旅は急ぐものじゃないし、行く先も勝手に変えることができる。高良は安全運転で絶景の夕陽が見られるというポイントまで車を走らせ、そこでもまたふたり、時間の流れを忘れてぼうっと暮れていく空と海を見つめた。
     沖縄に来てから、腕時計ははずした。時間に急かされるのは嫌だし、陽が昇り、沈むという当たり前の自然の中で、高良と過ごしたかったのだ。
     一応、レンタカーにはカーナビもラジオもついているから、時刻は確認できる。ただ、ここまで本島のはずれまでやってくると電灯というものはほとんどなく、暮れなずむ空に一番星が輝き、美しい満天の星空になる頃には、あたりはまっくらで、五十メートルも離れていない光司のシルエットがかろうじて見えるぐらいだ。
    「あ、流れ星だ」
    「違う、ありゃ人工衛星だろ」
    「……あ、そうか。なあ、光司、夏の星座に詳しいか?」
    「そこそこな」
    「俺、詳しくないんだ。教えてほしい」
    「授業料として、キス一回だ」
     バカなことを言いながらも、高良は丁寧に星座を教えてくれた。だが、あまりにも星の数が多すぎて、さっき教えてもらった星座をすぐに見失ってしまう。
    「そろそろ帰るか」
     車に再度乗り、ホテルへと戻る高良は落ち着いている。斎は久しぶりに陽に灼けたせいか、肌が火照り、なんだか落ち着かなかった。
     ――たぶん、光司とふたりきりだからだ。
     ぎこちない感覚を光司も勘づいていて笑っている気がする。
     ホテルに戻って交互に風呂に入り、後に風呂を使わせてもらった斎がベッドルームに戻ると、高良はとっくに寝ていた。
    「なんだよ……キス一回とか、言ったくせに」
     肩すかしを食らい、穏やかな寝息を立てている高良を恨めしい思いで睨んだ。
     べつになにかを期待していたわけではないが、せっかくふたりきりでいるのに、手を出さないなんてどういうことだと怒りたくなる。
     自分から求めることは、まだできない。羞恥心がどうしてもあるし、神喜島の古い掟を守る自分たち――高良は島に眠る財宝と伝承を受け継ぐ「伝い手」という存在で、彼に万が一のことがあった場合、すべての秘密を引き継ぐのが、「つがい」の役目を持っている自分たちが肌を重ねるというのは、ひょっとしたら、特別なときだけなのかもしれない。
     常識的な恋人より遥かに繋がりが深く、他人ながらも血を交わした関係だ。男だけがなれる「伝い手」と「つがい」は互いの関係を誰にも知られてはいけないという掟もある。神喜島の生き残りでさえ、いまの「伝い手」が誰なのか知らないはずだ。
     すう、と眠る高良のベッドに座り、頬をそっと撫でた。
     ――光司が伝い手になる前は、俺の父さんが伝い手だった。でも、父さんは古い島の因習を破って、島の外の女性――母さんと結婚し、俺を生んだ。だから、俺は神喜島にとって中途半端な存在だった。父さんは、「伝い手」の重責をよくわかっていたから、光司に「次の世界」に通じる扉と、財宝の在処を知る「伝い手」になることを頼んだ。
     ガンで早く死んだ父には生まれ育った島を飛び出した反面、神喜島を愛する気持ちは死ぬ間際まであったのだろう。だから、自分の幼馴染みの子どもである光司に、高良を継いでくれるように頼んだのだ。
     神喜島には、遠い昔、イギリスあたりから回ってきた海賊が残した財宝が眠っていると言われている。同時に、島で亡くなった者は「次の世界」と呼ばれる場所に行き、生き続けていく者たちを見守るといういわれもある。輪廻転生とは少し違うが、惹き合った魂がまた次の世界でも出会えるように、という、神喜島だけの伝承のようだ。「伝い手」は、「次の世界」に行った者の声が聞ける神子の役目も持っているので、神格化され、島内でひそかに行われる祭りの際にも、仮面と衣装をつけて素性を知られないようにするらしい。
    「おまえが……そんな重い役目を背負っている以上、俺はなんでもする。父さんの血を継いでいるんだから、俺だって神喜島の人間なんだ。つがいとして、おまえの役に立つなら……」
     身体をかがめ、高良のこめかみにやさしくくちづけた。
     交わることをしなくても、そばにいられるだけでいい。そんなふうに思えた。


     二日かけて沖縄本島をめぐり、「次はどこで遊ぼうか」と海沿いのカフェで話し合っているときだった。
    「島、行くか?」
     なんでもないような感じで高良が言うので、「え」と声を詰まらせた。
    「島って……、石垣とか、宮古とか?」
    「そこはもう観光客でいっぱいだろ」
    「じゃ、神喜島に?」
    「ああ、そうだ」
    「ほんとうか? ほんとうに神喜島に行けるのか?」
    「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
     くくっと高良が可笑しそうに笑う。この二日間で高良は綺麗に日灼けし、島の男らしい強さを全身に滲ませていた。斎と触れ合うことはいっさいなく、ただ普通に海遊びを楽しみ、沖縄ならではの料理に舌鼓を打っていた。斎もそのことにはすっかり慣れ、――この休みはリフレッシュするためのものなんだ、と思っていた。もともと、性的なことに強いほうじゃないので、なにがなんでも高良が欲しいというわけではない。同じ時間を共有できるだけでも、十分嬉しかったのだ。
    「行きたかったんだ、もう一度。あの事件以来、次に行けるのはいつかわからなかったし……いつ行く?」
    「すぐに」
    「すぐに? え、でも、船はあるのか? あそこに行くには船をチャーターしないと……」
    「大丈夫だ。知り合いが小型クルーザーを貸してくれることになってる。ホテルに戻って荷造りしよう。残り三日は向こうで過ごすから、食料や飲み物なんかも買おう。斎、覚悟しとけよ」
    「……なにに」
     訝しく問うと、濃い色のサングラスを押し下げた高良がにやりと笑う。
    「島についたら目一杯働いてもらからな。もうすぐ、神喜島じゃ祭りがあるんだ。俺たちはその前準備をするために行くんだ」
    「……おまえ! 最初から俺をこき使うつもりで呼んだのか!」
    「当然だろ。おまえも島の人間なん。こういうときぐらいガンガン働け」
     神喜島の正統な血を引く光司には逆らえない。この旅行がふたりを甘く近づけてくれるものではなく、単に祭りを行う事前準備として島を綺麗にするためなのだとわかってがっくり肩を落としたが、――まあ、いいか、と苦笑した。
    「島に行きたかったのはほんとうだし、頑張って働くよ」
    「よし、いい返事だ。とりあえず、スーパーマーケットに寄って必要なものを買いそろえるか」
     高良の計画にまんまとはめられた、と愚痴を言っている暇があるなら、もういまは誰もいない神喜島がどうなっているかということに想いを馳せたほうがずっといい。
     島にもともと住んでいた人間は、いまはすべて沖縄本島に移り住んでおり、祭りのときだけ、島に渡る。
     ホテルをチェックアウトし、数日分の食料と飲み物を買い込んだらすぐにマリーナへと向かい、知り合いに貸してもらったというクルーザーに荷物を運び込んだ。
    「燃料や、掃除道具はあっちにあるものを使おう」
    「わかった。……ん、光司、この袋で最後だ」
    「よし、乗れ」
     高良の手に捕まって乗り込み、昼過ぎの沖へとクルーザーを走らせた。環境省の仕事上、高良は国内のあちこちに行く必要があり、さまざまな乗り物の免許を持っている。もちろん、船舶免許もある。
     幸い、波は穏やかで、あまり揺れずに船を進めることができた。
    「あ……、見えてきた!」
     嬉しさのあまり、クルーザーを運転する高良の隣ではしゃいだ声を上げてしまった。
     大小の島々が並ぶ一帯でも、神喜島は一目でわかる。こんもりと茂った緑の山の向こうには、夏らしい真っ白な入道雲が見えた。
     寂れた港にクルーザーを係留し、高良と交互に荷物を下ろしたあとは、並んで緑の頂と頭上一杯に広がる青空を見上げた。
    「また……戻ってこられたんだ」
    「ああ、俺たちが育った島だ」
     高良の声も感慨深げだった。この島には、たくさんの悲しい過去が眠っている。第二次世界大戦の攻撃をもろに浴び、一時は島のかたちさえ変わったと聞いている。
     目を閉じて深呼吸すると、十八年前、高良と初めて顔を合わせたときのことがいっぺんに蘇ってくる。緑に守られた清浄な空気も、潮の香りも、頬を撫でる熱い風も、あのときのままだ。
    「やっぱり、ここを開発しなくてよかった。いつかまた、島のひとたちが戻ってこられる日が来るといいよな」
    「……そうだな」
     目を合わせてにこりと笑ったあとは互いに真顔に戻り、「荷物、運ぶか」「だな」と頷き合った。以前、ここに来たときに使った大型の荷車がそのまま港に放置されていた。頑丈なつくりらしく、車輪に油を差すとスムーズに動いた。高良と一緒にハーフパンツから長ズボンに着替え、ぼうぼうに伸びた草を刈り取った。寝泊まりに使う集会所まで汗をかきかき荷車を押し、真っ赤なハイビスカスが咲き誇る浜辺についたときにはぐったりしていたが、パウダーのようなきめ細かい砂浜と、美しいグラデーションを誇る海を目にしたとたん、一気に疲れが吹っ飛んだ。
     ――帰ってきた。戻ってきた。
     遮るものがなにもない場所で斎は笑みを隠しきれず、歓声を上げながら浜辺を目がけて走ってうっかりつまずいたところを、「おい! こら!」と慌てて追ってきた高良に捕まえられ、一緒に転んだ。
    「ははっ、光司、砂まみれだ」
    「おまえのせいだろう。なに子どもみたいにはしゃいでんだよ」
     そう言う高良に脇腹をくすぐられて笑い、ふたりしてごろごろと砂浜を転がり、互いの砂まみれの格好に盛大に吹き出した。
    「くすぐるなんて卑怯だ。俺が脇腹弱いの、光司は知ってるくせに」
    「斎が隙ありまくりなんだよ」
     互いに肩をぶつけて笑う。くちびるが触れるほどの距離まで顔が近づいても、くちづけの気配はない。そのことに少し寂しさを覚えるが、そもそも高良とはここを掃除しにきたのだ。
    「どうしようか。まずは寝る場所を掃除して……拝所も掃除する?」
    「なにもしなくていい」
    「え?」
     髪やシャツについた砂を払っている高良の思いがけない言葉に目を瞠った。
    「だって、祭りの準備をするんだろ?」
    「じつはな、掃除はもうすんでるんだ。三日前、島の住人がこの集会所も、あの森の中の拝所も綺麗に掃除してくれている」
    「じゃあ……俺たちはなにをすればいいんだ? 観光、ってわけじゃないだろうし……」
     熱い高良の骨っぽい手に顎を掴まれたのは、そのときだ。
    「光司」
    「俺と交わるんだ、斎」
     振り向かされ、高良の炯々とした瞳の底にまぎれもない欲情を見てとった瞬間、身体中が沸騰した。
    「な……なにを、いきなり……」
    「祭りの下準備として、秘された交わりが必要なんだ。ここにいる三日間、つがいのおまえは、俺と何度も交わる。俺だけの精液を身体の奥までたっぷり注ぎ込まれて、俺だけしか求められない身体になるんだ」
    「な……っ! 光司!」
     真昼の太陽が照らす場所で淫らな言葉を囁かれ、頭までのぼせそうだ。
    「そんな話、聞いてない……」
    「当たり前だ。前に、拝所で俺と斎は契りを交わしただろう? あのときと同じ、伝い手とつがいがいつどこでどう交わるか、ちゃんと決まっているんだ」
    「だから、……東京じゃそういうことをしなかったのか?」
     鳩尾に力を込めないと、鼻先でくすりと蠱惑的に笑う高良の男らしい色香に負けそうだ。
    「場所は問題じゃない。時間だ。最初の交わりから一か月以上経たないと、次はできない」
    「なんで……」
    「俺のつがいが、ほんとうに俺だけを運命としているか。……俺だけに欲情できる身体になっているか、時間が必要だったから、東京にいるあいだはおまえを抱かなかった。許せよ、これでも結構我慢したんだぜ?」
     するっと頬を撫で上げる高良の指の感触にさえ甘い官能が忍んでいる。
    「俺は、おまえを性的な道具として扱ってるわけじゃない。俺たちの交わりは特別だ。そうだろ? 俺には、斎しかいない。斎だけが血を分けた運命の相手だ。俺はおまえにしか欲情しない。だからって、しょっちゅうやりたいって考えてるだけの男と思うなよ」
    「なにが、どう違うんだよ……!」
    「つがいは、伝い手のいわば花嫁だ。俺の花嫁として、おまえは俺の精液を受けて擬似的に孕むんだ。互いの精液を混じらせて……身体中に塗りたくって、島に命を捧げることを誓え」
    「……光司、こんなところで、するのか……?」
    「もう我慢させるな」
     砂浜に横たわらされ、大きな影がのしかかってくることに抗えない。シャツのボタンをはずされ、汗ばんだ肌をさらすのがたまらなく恥ずかしかった。
     まさか、島に来る目的が交わることだとは。こっちに来たときからほとんど触れられなかったから、それならそれでいいと自分をなだめていたはずだったが、そんなのは形ばかりだったのだと、いま、高良の舌が鎖骨の溝を這うことによる快感で知らされる。
    「我慢しろ、斎。最初のときの交わりを思い出せ。俺がいいと言うまで、ぎりぎりまで我慢するんだ」
    「ん……ぅ……!」
     ぬめった舌がとろっと唾液をこぼしながら胸を伝う。まだ、なだらかなままの乳首を高良はくちびるで挟み、ちゅくちゅくと噛みながら吸い上げる。その愛撫が起爆剤になった。胸を愛撫されて感じることを知ったのは、高良のせいだ。花嫁にするというのはあくまでもたとえで、女みたいに胸を弄られても感じるわけがないと思っていたのだが、ちいさな尖りの根元をきゅうっと噛まれ、きつく吸われるたびに全身が震えるほどの甘い痺れが走る。
    「あ……あ……こう、じ……っ」
     男の乳首にしてはあまりにいやらしい色を持ち、ふっくらと腫れたそこを高良は執拗に指で揉み込んでくる。男の平らな親指と人差し指でつままれ、ゆるやかに擦り立てられると、まるでそこが性器のひとつになってしまったかのような錯覚に襲われる。
    「……くぅ……っ」
     我慢しろ、と命じられたことを思い出し、必死にくちびるを噛んで堪えた。
     腕に、足にあたる陽射しが熱い。無人島とはいえ、真っ昼間の浜辺で高良と肌を重ねるとは思っていなかったから、斎の意思とは裏腹に身体は素早く昂ぶり、何度も吐息を殺さねばならなかった。
     乳首をたっぷり吸ってツキンといやらしく尖らせたことに満足した高良が、パンツの中に手をもぐり込ませてきた。
    「さすがに浜辺でおまえの中に挿れることはしねえよ。おまえのここはまだ硬い。前みたいに媚薬を塗り込めてからじゃないと、おまえに怪我させそうだ」
    「ん……っ」
     がちがちに張り詰めたペニスをやさしく扱かれ、「見ろよ」という声にそそのかされてぼうっとした視線を落とすと、パンツの縁から、とろんとした愛液をこぼして真っ赤に充血する亀頭がのぞいていた。先端の小穴がひくひくと開いては閉じ、とろみを垂らしていく。
    「や……! 光司、……これ以上、ここじゃ……っ」
    「そう焦るなよ……斎、三日間もあるんだぜ。達するのはぎりぎりになってからだ。それまで何度も何度も追い詰めてやる。おまえの身体が俺のかたちを覚えて――欲しくなって欲しくなってたまらなくなったとき、本音を聞かしてくれたら、いかせてやる」
    「本音、って……」
     朦朧とした意識で呟くあいだも高良の手でぬちゅぬちゅと扱かれ、羞恥に歯噛みしたくなるほど、ぐんと反り返ってしまう性器が自分でも恨めしい。
     ――でも、光司のはこんなものじゃない。あれを突然受け入れるのは、確かに無理がある。
     以前、口で味わった光司の性器の硬さや熱を思い出し、ごくりと息を飲んだのがわかったらしい。斎の昂ぶりを無理やりパンツに押し込めて、高良が笑う。
    「いまは、ここまでだ」
    「そんな……! こんな半端なところでやめるなんて……」
    「言っただろ? 時間はたっぷりある。俺がおまえの中に挿れて出すだけが交わりじゃねえだろ」
    「そう、だけど……」
     声が掠れてしまう。ずきずき痛む下肢から意識をそらすのが難しい。
    「……俺はどうすればいいんだよ!」
     中途でやめられてしまったことに怒ると、高良が肩をすくめ、「海で遊んで、熱を冷ますか?」と言った。冗談だろ、と思ったが、楽しげな高良は本気らしい。
     仕方なくよろけて立ち上がり、浅瀬へと入っていった。太陽に照らされた海水は温かで、急激に強められた快感をゆっくりとほぐしてくれる。
     何度も深呼吸し、遠い水平線を見つめることでいまさっき高良から与えられた快感を忘れようとした。
    「ほら、斎、やどかり」
     ――ひとの気も知らないで。
     可愛いやどかりを手のひらに載せて差し出してくれる高良を本気で睨み、斎は両手ですくった海水を彼の顔に思いきりぶちまけてやった。

     

    【烈火の誓い 後編】



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