けんかをやめて(「挑発の15秒」番外編)

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    「ん……」
     寝返りを打った瞬間、額にゴツンとなにかがぶつかり、保坂は「なんだ……」と呻きながら薄く瞼を開いた。
     そのときに感じた驚きといったら三十二年の人生で一、二位を争うものだった、と冷静に振り返れたのはもっと時間が経ったあとのことで、実際には目を大きく見開き、酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせるので精一杯だった。
     裸の背中を向けて寝ている男の髪が黒じゃなくて、あざやかなブロンドだった場合、いったいどうすればいいのだろう。
     ――風間ったら、そんなに瑛に嫉妬していたのかよ。いつのまに金髪なんかにしやがったんだ。
     起き抜けの頭でぼんやり考え、そんなわけがあるかと慌てて肩越しに顔をのぞき込んだ。
    「……瑛!」
     秀でた額の下、きっちり閉じている睫毛は長く、かすかに開いたくちびるからは穏やかな寝息が聞こえてくる。
     いまやどこのチャンネルでも雑誌でも、彼の顔を見ない日はない。二十六歳でモデル業界の頂点に立ち、近頃ではドラマや映画にも引っ張りだこの設楽瑛が、なぜ隣で寝ているのだろう。
     ここは間違いなく自分の部屋だ。
     ゆったりしたワイドダブルベッドは、今年の夏のボーナスで奮発したものだった。広告代理店の映像ディレクターというハードな職に就いている以上、眠るときぐらいは手足をぐんと伸ばしてのんびりしたい。その場合、当然ひとりだ。いや、本音を言えば、体格のいい男を恋人にしてしまったから、前に使っていたシングルベッドではやけに狭く感じ、もう少し広いほうがいろいろと好都合かもなと不埒ことを考えたのは事実だ。
     だが、いくら多情な自分でも恋人はひとりと決めている。けっして男三人で眠るために買ったのではない。
     口を開けばうなり声しか出なさそうだ。頭を抱えてふっとうなだれると、視界の隅になにやら黒いものが映った。
     ぎょっとして振り向くと、今度は間違いなく黒髪の男だ。瑛と同じように裸の背中をこちらに向けている。
     彼も眠っているらしい、というのは規則正しくふくらんで沈む背中でわかった。
    「……風間……」
     唯一のライバルであり、かつ嫉妬深い恋人の風間が金髪になっていなくてほんとうによかった。混乱をきたした状態でそんなことを考えたが、いいや全然よくないと思い当たったのは三十秒後のことだ。
     ――俺まで素っ裸だっていうのは、どういうことだ。
     おそるおそる毛布をめくり、下半身を確かめてみた。
     なにも穿いていない。自分も風間も瑛も全員。
     最悪の事態だ。
    「くそ……!」
     両手で頭を強く締め付けたとたん、瑛と風間がいっぺんに寝返りを打ってこっちを向いたものだから、あわや悲鳴をあげそうになった。尻がむずむずしてきて、いますぐにもベッドを飛び出したいが、そんなことをしたら彼らも起きてしまう。
     ――なにがあったんだ。思い出せ、思い出せ。たった数時間前、瑛と風間と俺のあいだにいったい――なにがあったんだ?

     

     


     きっかけはたぶん、些細なことだったのだろう。
     同じマンションの同じフロア、保坂を真ん中に挟んで風間が左、瑛が右に住んでいて、週末の晩、いつもどおりにそれぞれ訪ねてきて三人で呑むことになった。
     いまの自分は風間とつき合っているのだが、未だ好意を寄せてくれている瑛を邪険にすることなんかできない。それに、彼と一度だけした冗談みたいなキスも忘れていなかった。
     ――なんてことを言ったら、風間は頭から湯気をたてて怒るだろうけどな。
     節操がないことはよくわかっている。
     三十三歳という年齢からも、誰ひとりとして自分にうるさいことを言わなかったが、唯一感情を剥き出しにして束縛してきたのが風間だ。
     まっすぐな気質に惹かれ、つき合いだしたのが今年の初め。以来、とくにこれといったトラブルもなく平穏無事に過ごしている。
     風間からしてみたら瑛は相変わらず目の上のたんこぶらしいが、それでも近頃では三人で週末の夜を過ごすことも少なくなかった。たいてい真ん中の保坂の部屋のリビングに腰を落ち着け、DVDの映画やミュージシャンのライブビデオを流しながら他愛ないことを喋りあう。
     料理も酒も持ち寄り。先週は瑛がお得意のチーズフォンデュをつくってくれて、風間がとっておきの白ワインを提供してくれた。
     今夜は保坂がクライアントにもらった高級ブランデーを出したところ、風間はなんとおでんをつくってくれた。大型の液晶テレビで流れているのは、瑛が先日出演したというニューヨークでの春夏コレクションだ。透けた素材を身にまとう長身のモデルたちに混じって、ずば抜けた存在感を放つ瑛がしなやかな動きを見せて歩く姿にはやはり見惚れてしまう。
     キッチンに立つ風間も小声で、「まあまあ、格好いいかな」と呟いていたのが可笑しかった。
    「ま、それはともかく、メシにしましょうか。保坂さん、京風のおでんって食べたことないでしょう」
     出汁のいい匂いが部屋を満たすなか、保坂がごくりと喉を鳴らしながら「ないない」と言えば、隣で「俺も俺も」と瑛がにこにこしている。画面の中できわどい視線を投げながら、鍛えた身体と最新のファッションを披露する男と同一人物とは思えないほど、屈託がない。
    「あんたに食わせるつもりはこれっぽっちもないんだけどね」
     仏頂面をしながらも、風間はかいがいしく食卓を調えてくれた。テーブルにカセットコンロを置き、その周りを三人で囲む。
    「昆布出汁でつくるんですよ。牛すじに絹あげ、たまごにがんもにじゃがいもあたりは東京と同じかな。俺のお薦めはこれ、玉ねぎのすり身揚げ。はい、熱いうちに食った食った」
    「いっただきまーす」
     三十三の自分と二十六の瑛がまるで小学生のような声をあげて熱々のおでんにかぶりつく光景に、風間もしかめ面を忘れて笑い出していた。
    「うわ、このすり身揚げ、おいしいねえ」
     笑顔の瑛が箸でつまんでいるのは、風間お薦めの一品だ。玉ねぎ特有の甘さが淡泊な白身魚のすり身に品よく染み込み、昆布出汁と相まって豊かな味わいだ。
    「牛すじもいい味出してんなぁ……」
     ほくほくと湯気をたてるおでんを芳醇な香りのするブランデーで流し込む。
     和洋ちゃんぽんもいいところだが、これはこれで案外旨い。
     上品な薄味が楽しめる京都で育ってきた風間の料理の腕というのは、なかなかのものだ。鍋一杯につくったおでんを三人で平らげ、その後も瑛がおみやげに持ってきてくれた香ばしいナッツをつまみながらあれこれと話した。
     細く開いたベランダの窓からは涼しい秋の夜の風が入り、三人が吸う煙草の煙をすうっととかしていく。
     誰も彼もが酒に強い。ブランデーのボトルが残り三分の一をきり、途中から日本酒も呑みだして、今夜もまたいい感じで酔っぱらっていた。
     さらさらしたベージュのガーゼシャツを粋に着こなした瑛が、自分の隣にすとんと腰をおろす。
    「一彰さん、ここどうしたの。赤くなってる」
     つん、と首筋をつつかれ思わず振り返った。
    「いや、……なんだろう、覚えがないな」
    「蚊に刺されたのかな。あ、こっちも赤くなってる。でも、もう蚊が出る季節じゃないよね?」
     酒でほどよく掠れた声が艶っぽい。笑いながら触られるのがくすぐったくて首をすくめると、正面に座った風間が苦々しげな顔で手を伸ばし、うるさげに瑛の指を振り払う。
    「勝手に触るな。それは俺のもん」
    「風間」
    「うわ、俺のものだって。風間さんでも言うときは言うもんだね」
     さも可笑しそうに笑い出す瑛に風間はむっつりとし、残る保坂はちょっとばかり気恥ずかしくて耳を赤くしていた。
     ――こいつがこういう顔をしているときは、本気でご機嫌斜めなんだよな。
     つき合ってまだ一年も経っていないが、それぐらいはわかる。
     首筋の痕は、彼が一昨日つけたものだ。それを瑛にからかわれているのだから、機嫌を損ねるのも無理はない。
     だいたい、風間は取り繕うということを知らない。酒の上での軽い冗談も通じない四角四面な性格が憂鬱に思えたこともあったけれど、いまでは浮ついた自分を引き留めてくれる大切な男だと思っている。
     瑛が気に障るのだろうか。だが、ご近所さん同士で大切な仕事仲間となれば、あいだに挟まっている保坂としても事を荒立てたくはない。
    「そういや、このあいだの企画でさ……」
     気をそらすような話題を切りだす保坂を制して、あぐらをかいた瑛が身を乗り出す。
    「風間さんに一度聞いてみたかったんだ。俺が一彰さんに触るのがそんなに嫌?」
    「嫌に決まってるだろ。なにをいまさら」
    「じゃ、俺も正直に言うけど、恋人というだけで毎日一彰さんを抱けるのっておかしくないかな。つき合っているからって、どうして一彰さんがあなたひとりに絞らなきゃいけないのかな」
    「あんた、それ本気で言ってるのか」
    「……おい、瑛も風間も落ち着けよ」
     和やかな空気が一変したことに慌ててあいだに入ろうとしたが、「当然でしょう」と瑛がいつになく挑発的な視線を向け、風間も険悪な面持ちになる。
    「恋人同士と言ってもべつに契約書を交わしているわけじゃないんだし、一彰さんはちゃんとした大人だよ。あなたひとりに縛られることなく、誰とでも自由に恋を楽しんだっていいと思うけど。ねえ一彰さん?」
     そんなところで同意を求められても困るのだが、身体を傾けてくる瑛を押しのけることはできなかった。瑛の言葉に翻弄されているというのではない。風間は恋人で、瑛は大切な友人。勝手かもしれないけれど、この微妙なバランスが自分としてはとても気に入っているから、ふたりには争ってほしくないのだ。
    「ふたりともいい加減にしろ。瑛、おまえの気持ちはほんとうに嬉しいけど、いまの俺は風間と――」
    「一彰さん、俺はなにも風間さんを憎く思っているわけじゃないんだよ」
    「冗談言うな。いま言った言葉を自分でもう一回考え直してみろ」
     なだめようと思っても瑛と風間がやり合ってしまうのでは、止めようにも止められない。
    「やめろよ、喧嘩なんか……」
     せっかくいい気分で呑んでいたのに、どうしてこうなるのだろう。
     ――こういう歌があったよな。けんかをやめて、わたしのために争わないで――ってどうして男の俺がこんなことで頭を痛めなきゃいけないんだ。
     睨み合う風間と瑛を交互に眺め、どっちも退かない腹づもりだとわかるとげんなりして顔をそむけた。
     残念ながら、自分を挟んで大の男ふたりが争う光景に嬉々とする性格ではない。そういうのはもっと純粋で恋に手慣れていない者がやればいいことであって、楽しいことが好きな自分には似合わない。
     ふと、瑛が切れ長の目を悪戯っぽくかがやかせ、「あのね」と声を落とした。
    「俺としては、どうして一彰さんがたったひとりを相手にしなきゃいけないのかなって不思議に思っているだけ。ねえ、風間さん。あなたも一彰さんを楽しませてあげたいと思ってるよね」
    「当たり前だろうが」
    「――だったら、俺とふたりで楽しませてあげるのはどうかな?」
    「おまえ……」
     思わぬ言葉に風間が目を瞠る。
     保坂は絶句していた。
     なにを言っているのか、瑛は。
     ――いまのはどう聞いても、風間と瑛とで、俺を……。
     その先を考えたらカッと頬が熱くなる。三十二になってまでもうぶなはずがないから、瑛の意味ありげな目くばせについてあれこれ思いめぐらせてしまうのはしょうがないというものだろう。
     いや、もしかしたら考えすぎかもしれない。瑛はただ単に、自分も恋人として認めてほしいと言っているだけかもしれない。
     そうだとしても、やっぱり行き着く答えはひとつだ。
     まさか瑛は、風間とふたりがかりで自分を抱きたいと言っているのだろうか。
     そんなことは絶対に無理だ、できない――と言えない自分の浮ついた性格がとことん恨めしい。
     過去に男ふたりを相手にしたことはない。話に聞いたことはあったが、なんだか面倒そうだし、そもそも、セックスの秘密を共有する相手がひとりからふたりになったらつまらなくなってしまう。薄暗がりのなかで行われることは自分と相手が知っていればいい。
     いままではそう思ってきた。
     でも、と無意識に瑛の整った横顔を見つめ、それから正面の風間に視線を移した。まったく対照的なふたりを相手にしたら、どうなるんだろう。風間のやり方はとうに知っているけれど、そこに瑛が加わったらまたひと味違うかもしれない。
     風間のやり方は強情な性格にふさわしく、こっちがすすり泣いて懇願してもなかなか許してくれない。何度も身体を重ねただけあって保坂の弱いところを知り尽くしているし、焦らすことも知っている。厚みのある筋肉質の身体でのしかかられると、同じ男に抱かれているのだと興奮してしまい、いつも先にいかされてしまうのだ。
     対して、瑛に関しては知らないことのほうが多いと思う。
     ガーゼのシャツで隠している身体はトップモデルだけあって隅々まで鍛え抜かれ、形のいいくちびるに煙草を運ぶ指先までも美しく手入れされている。
     強引な仕草を見せる風間と、キスが絶妙な瑛を交互に見ているうちに、知らずと胸が躍り出してしまう。
    「あの……」
     からからに乾いたくちびるをぎこちなく動かしたときだった。
     ちっと舌打ちした風間が眼鏡をむしり取りながら素早く隣に移ってきた。
    「なに期待した顔してんだよ、あんたは」
    「そんなことないって、いや、俺としてはほんとうにこんなこと……、あの、風間……?待てよ、おい……んんッ」
     もの凄い力でうなじを掴まれた次には唐突にくちびるをふさがれ、あんまりにもびっくりして目を閉じることも忘れてしまった。風間の目縁が赤くなっている。酔っているのと、腹を立てているのと、興奮に煽られているせいだろう。骨組みがしっかりした大きな手のひらにうなじを支えられ、下くちびるを何度も甘く吸われてしまえば、意識が横滑りを起こす。
    「ッぅ……んっ……」
     性急なキスに、頭のうしろがじんと痺れ出す。息継ぎした隙にもぐり込んできた舌が口内を舐り、きつく絡め取っていく。顎を押し上げられて、長い舌が敏感な上顎を探り出す頃には逞しい胸にしがみつき、朦朧とした意識で続きをねだっていた。
     悔しいぐらいに感じるところを知っている、風間らしいキスだ。一時も余裕を与えてくれない強引さは表向きで、何度も抱き合った関係ならではの余裕が髪をすくやさしい指先に現れる。
     大柄の男に抱かれるのが心地いいのは、こんなときだ。
     弓道で鍛えた風間の身体は上質の筋肉に恵まれており、けっして小柄ではない自分がすっぽりと胸のなかに収まってしまう。
     ――こんなふうに甘やかしてくれるから、おまえが好きなんだよ。
     熱っぽい吐息を漏らしながら風間に一層身体を擦りつけると、くるりとひっくり返され、背後から抱き締められた。
     そこではっと気づいた。そうだった、ここには瑛もいたのだ。
    「まさか俺のこと忘れてた?」
     にんまりと笑う瑛が正面に座り、上目遣いに見上げてくる。
    「いや、……瑛、これは、あの、……か、風間! おまえ……ッ」
     うしろから伸びてきた手が器用にシャツのボタンをはずしていき、あろうことか瑛の目の前で引っ剥がされた。
    「このひとがどれだけ俺に参ってるか、教えてやるよ」
    「ちょっ、待っ……風間、やめ――……ぁあ……っ」
     胸をすうっと親指の腹でなぞられた。そこを弄られると、きまっておかしくなるぐらいに感じる。けっして嫌いじゃないけれど、浅ましく悶える姿を瑛に見られるのは困る。
    「このひとさ、ここを……こういうふうに弄ると感じるらしいんだよ」
    「へえ、そうなんだ。……ああ、ほんとだ。赤くなってきた」
     熟れた実のように赤く尖る粒をつまんで見せびらかす風間に、瑛も楽しげだ。
     どうなっているんだと叫びたいのは、どうやら自分だけらしい。いつのまに風間と瑛は結託したのだろう。彼らふたりに抱かれるなんて冗談じゃない。とてもじゃないが、身体が保たない。
    「い、やだって……」
    「なにが嫌なの?」
    「なにが嫌なんだよ」
     ふたりして聞くなと怒鳴りたかった。そのあいだも、風間に硬くしこる乳首の根元をきゅうっとつままれ、焦れったいぐらいに時間をかけて揉み込まれた。
    「や……――あっ、あぁっ」
    「ふふ。一彰さんったらもう硬くなってる。スラックスの前、きつそうだよ」
     ますます瑛が近づいてきて、あともう少しでくちびるが触れそうだ。風間が爪の先で胸の尖りをきつくせり出し、自分でもどうかしていると思うほどの喘ぎ声を漏らしてしまう。目を閉じようとしてもできないのは、きわどく笑う瑛の顔がすぐ目の前にあるからだ。
     風間以外の男に見られているのに感じるなんて、どうかしているんじゃないだろうか。
    「反応いいんだね。風間さんの手入れがいいからかな? ねえ風間さん、このままじゃ一彰さんが可哀想だよ。あなたがそっちを可愛がるんだったら、俺にこっちをやらせてよ」
     ジッパーの縫い目を指でなぞる瑛が、肩越しにとんでもないことを言い出す。当の保坂は背後の男がどんな顔をしているのかもちろんわからない。当然断るはずだよなとじりじりしているところへ、「……しょうがねえな」とため息混じりの声が聞こえてきた。
    「俺よりうまくやるなよ。このひとが快感に弱くて流されやすいってあんたもわかってるだろ。下手にいい目を見させると、あとで困るんだよ」
    「誰が」
    「俺が」
    「ああ、そうか」
     彼らがなにを言っているのか、もうわからない。
    「ま、今日は特別だ。感じさせてやれよ」
    「ホント? よかった、一彰さん、お許しが出たよ」
     嬉しそうに頬にくちづけてくる男を、信じられない思いで眺めた。
    「瑛……」
     茫然とする保坂をよそに、瑛が膝を割ってくる。ベルトをゆるめたあとは、「ちょっと腰浮かせて」と真面目な顔つきで言うので、思わず従ってしまった。
    「……ああ、滲んでる」
     ボクサーパンツの前立てに大きく広がった滲みを見て、瑛が顔をほころばせた。風間の愛撫でとっくに感じていたことがばれてしまい、羞恥に苛まれる身体がどんどん熱くなる。
    「ほんとうに感じやすい身体なんだね、一彰さんは。いま、俺が舐めてあげるよ」
    「あ、瑛……ッ」
     両足のあいだにかがみ込む男の頭に目を瞠った。短く刈った襟足が妙に色っぽい。肌にぴたりと張り付く下着はとうに先走りで濡れていた。盛り上がった形そのままを瑛がくちびるで挟み込み、食べてしまうみたいに歯と舌で刺激を与えてくる。
     瑛に抱かれたらどんなふうなのだろうと思っていたが、まさかここまで露骨なことをするとは思わなかった。両腿を掴んで押し拡げてくる瑛がそこに鼻先を擦りつけるたび、ぐちゅぐちゅと粘った音が響く。濡れた肉厚の舌が、唾液と先走りで黒い滲みをつくる下着を這い回る光景は夢に見そうなほど淫猥だ。
    「……へえ、結構やるじゃないか」
     背後の風間が笑い、首筋をねろりと舐めあげる。ぞくぞくするような快感に襲われて、早くも全身に汗が噴き出していた。
    「じゃ、脱がせてもいい?」
    「ああ」
     風間が頷き、瑛の指がボクサーパンツの縁にかかる。一気に押し下げられ、ぶるっと跳ね出るペニスに自分自身がいちばん恥ずかしかった。中学生の子どもじゃあるまいし、どうしてここまで感じているのだろう。
     熱い吐息が、腿の付け根にかかる。濡れそぼったそこを細かに震わせるような感覚に、頭の中は真っ白だ。
     こんな快感、味わったことも見たこともない。
    「ん……っ」
     硬く勃起した性器に顔を近づける瑛が、鋭い犬歯をのぞかせて大きく口を開く。それを見ただけで、自然と腰を突き出してしまった。
     ためらいもせずに保坂のものを咥え込む男の口の中は、想像以上に熱かった。
    「ぁあっ……あっ……」
     ブロンドの頭を鷲掴みにし、すすり泣きながら腰をよじり立てた。
     いますぐ射精してしまいたくなるぐらい、いい。キスがうまい男だからフェラチオも期待できるんじゃないか、という予想は大当たりだ。
     つぅっと淫らに糸を引くぬるみをまといつかせる先端の割れ目を舌先でやわらかに抉り、かき回すという芸当をこの男はどこで覚えてきたのだろう。うっすらと浮き立つ筋に軽く吸いついたあとは、顔をずらして根元にまとわりつく硬い毛も舐め回していく。
    「瑛……そこ、……っいい……」
    「ちょっと待てよ。あんたは俺の恋人だろうが」
     耳朶に歯を立てる風間が両方の乳首をきつくねじってきて、思わず腰が浮いてしまう。そうすることで瑛の喉を突いてしまったが、じっとしていられるものか。
    「あんたの淫乱っぷりには負けるよ」
    「バカ、……おまえも、なに言って……、あぁ……ッ」
     仕方なさそうな顔つきの風間が、「ちょっとそのまま腰をあげてろ」と言う。
    「床に膝をついてみな。……そう、そのままじっとしてろ」
    「んぅ――……ンッ、あッ……、や、っかざま……まてっ、て……!」
     尻を開かれ、唾液で濡らした指が窄まりの奥へぐうっと挿り込んでくる。
     膝立ちの保坂はぐらぐらする身体を必死に支えようとしたが、どうしても揺れてしまう。瑛に前をしゃぶられ、うしろを風間の指で嬲られ、ひっきりなしに喘いだ。
     熱く疼く内側を傷つけないよう、男の指が慎重に探ってくる。薄い縁を拡げて出たり挿ったりする指の感触が残り少なくなっていた理性を勢いよく吹っ飛ばす。快感に潤む目で振り返り、「風間……」と掠れた声で男を呼ぶ。
    「したい……もう、我慢できない……」
    「俺が欲しいなら、設楽さんの前ではっきり言ってみな」
     くく、と低い笑い声を喉奥で響かせる風間はもったいをつけてジーンズを引き抜き、猛々しく勃ち上がった太く長いものを焦らすように扱いてみせる。
    「……挿れてほしいんだろう?」
    「欲しい……、風間のが……」
     張り出したエラが充血し、透明なしずくが竿を濡らしている。無意識にそれに手を伸ばし、待ちきれない感じで掴むと風間が眉をひそめて、はッと熱っぽい息を吐き出す。
    「……奥まで、挿れてほしい……」
     声の端々に滲む欲情を、瑛も聞き取ったらしい。ほんの一瞬、保坂の意識が風間のほうにそれたのを見逃さず、じゅるっと音を立てて強く吸い上げてきた。
    「ぅ……っん――……瑛……っ」
     だめだ。もう一時もじっとしていられない。
     ふらつく身体が前のめりになったところに、風間がすかさず突き挿れてきた。
    「あぁっ、あっ、あっ」
     腰をぎっちり掴まれ、膝頭が擦れて痛いほどに突きまくられた。ねじ込まれる男の硬さに、快感が一気にほとばしる。風間の張り出した先端で敏感な襞を深々と抉られ、太い根元まで押し込まれるとほんとうにおかしくなりそうだ。
     断続的な喘ぎの合間に必死に息を吸い込み、涙をにじませる保坂の正面で、瑛が微笑みながらシャツを脱ぎ出す。
    「じゃ、今度は一彰さんにしてもらおうかな」
     瑛のものを間近に見るのは、もちろんこれが初めてだ。鍛えた身体と釣り合いが取れているペニスは風間のものよりもやや細めだが、濃い茂みを押し分け、臍に向かってぐんと鋭く勃ち上がっているところにそそられてしまう。硬さも、風間とはまた違うように見えた。ただ、先端がぬらぬらと淫らに光り、しずくを垂らしているところは背後から獰猛に突き上げてくる男と似ている。
    「舐めて、一彰さん」
     頭を掴まれ、保坂は痺れた意識でそっとくちびるを開く。すぐに腰を突き出され、危うく噎せそうになったが、なんとか堪えた。
    「ッふ……ッン……っ」
    「思ったとおりだよ。ほんとうに男が好きなんだね、あなたは……」
     くすりと笑う瑛の硬い感触を、口の中いっぱいに感じた。両手、両膝を床につき、犬みたいな格好でうしろも前もふさがれている自分の姿が、どれだけ扇情的なものか。意識はぼうっと霞んだままだ。脇の下も背中もうなじも汗ばみ、身体中を探る手に気が狂うほど感じてしまう。
     唾液を溜めた口内に瑛が繰り返し突き挿れてくることで、じゅぷじゅぷと淫猥な音が響いた。うしろからねじ込んでくる風間の呼吸も荒い。熱のこもる最奥をじっくりと擦られるのがたまらなく気持ちいい。疼いてざわめく襞を抉る逞しい男根に、意識が飛びそうだ。
    「……くそっ、もう……いきそうだ」
    「風間さんも? 俺も……ちょっと我慢できそうにないな」
     端正な顔に汗をにじませる瑛がわずかに身体をかがめ、囁いてきた。
    「ねえ一彰さん、ここまできちゃったんだから最後までしてくれるよね?」
    「ン――っん……んっ」
     精一杯奉仕しようと舌をくねらせたとたん、ぎゅっと眉根を寄せた瑛が激しく腰を揺り動かす。ふくれた裏筋を舐めると、とくに感じるらしい。硬さを増した瑛のそれが喉を突いてくる。
    「いいよ……すごくいい、一彰さん……、顔にかけてあげるよ」
     直後に瑛が腰を引き、熱いほとばしりが顔中にかかった。
     荒っぽく息を吐きながら自分のものを軽く指で扱き、達した直後の余韻を楽しむ瑛の顔は凄まじい色気を放っている。こんな顔をもしも彼のファンが見たら、と思うとよけいに快感が増すようだった。
     きわどい目つきを一度意識に刷り込んでしまったら、彼に抱かれることしか考えられなくなるはずだ。雑誌のグラビアやテレビCMではけっしてお目にかかれない、瑛の欲情した顔は自分だけのものだ。
     保坂自身も限界がきていた。身体の奥深くに感じる風間の熱が我慢できないほどに昂まっている。とろけそうな襞をもっと激しく擦ってかき回してほしくて、猛った肉棒を浅ましく引き留めた。
    「い、――……あっ、あぁっ……いく、風間、……ッ瑛……!」
     肩に強く顎が食い込んでくる。床に敷いたラグをかきむしる保坂の背中に風間が倒れ込んできて、ぶるっと身体を震わせた。貫かれてひどく鋭敏になっている奥にたっぷりと注ぎ込まれるのと同時に、保坂も強烈な絶頂感に強く押されて放った。
    「あ――あぁ……っ」
     頭の底まで白くなるような快感がどこまでも続く。
     瑛が微笑み、風間が満足したような顔でのぞき込んでくる。保坂もなにか言おうとしたが、くちびるが痺れて動かない。
     ――よかった。よかったよ、風間も瑛も。こんなに感じたのは初めてだ。今度また、三人で――。

     

     


    「……三人で……」
     むにゃむにゃと呟く自分の声に目が覚めた。
    「――ああ……?」
     五秒ほどそのままの状態で天井を見上げ、そこが自分の部屋だと認識するや否やガバッと飛び起きて右、左と振り向き、悲鳴にならない悲鳴をあげた。
     右に風間がいる。左には瑛がいる。
     ふたりとも裸だ。
     祈りたいような気分でそろそろと毛布をめくったところで、思わず両手で顔を覆い、深々とため息をついてしまった。
    「……よかった……穿いてる……」
     三人とも上半身は裸だが、下着はしっかり穿いている。
     改めて周りを見渡した。秋の穏やかな朝陽が射し込む部屋の床に散乱しているのは、風間と瑛のシャツだろう。
     呑み散らかした酒瓶が何本も転がっているあたり、やはり昨晩は全員そろって泥酔したらしいが、現実はそこ止まりだったようだ。
     生まれつきの男好きではあるが、風間と瑛という好対照な男ふたりに挟まれることの惑いや興奮といったものが、夢というおかしな形で噴出したのだろう。
     ほっとしたところで両側の男どもを起こさないよう用心しいしいベッドを抜け出て、浴室に向かった。
     頭を揺らせば、ちゃぷちゃぷと音がするぐらいの二日酔いだ。呑みすぎたあまり、あり得ない夢を見たのだと思うとさすがに苦笑いがこみ上げてくる。
     ――夢は願望の現れだってよく言うけど、さすがにあれはやりすぎだろ。瑛と風間の三人でしてみたいなんて、どこのポルノ女優だ、俺はまったく。顔射にいたっては頭がどうかしたとしか思えん。
    「参った参った……」
     ふつふつとこみ上げる笑い声を噛み殺し、熱いシャワーの下に頭を突っ込む。そのまま三分ほどじっとしていれば、少しはまともになるはずだ。
    「あー……」
     もうもうと湯気が立ち込める浴室内で汗を流したところで、ついでに頭も洗うことにした。シャンプーを泡立て、鼻歌を歌いながら機嫌よく髪を洗っていると、浴室の扉が開く気配がする。
     きっと風間だ。夢のなかで瑛に抱かれたからというわけじゃないが、今日からはもっと風間を大事にしてやろうと思う。
     明け透けに嫉妬し、『あんたは俺のものだよ』と言ってくれる男はそうそういない。瑛も瑛で捨てがたいが、なにはともあれいまの自分は風間を選んだのだ。瑛とはまたいつか、機会があったら夢のなかで――そう考えて笑い声をあげた。
    「風間か? おはよう、昨日はさすがに呑みすぎたなよあ……。俺、なんか変な夢見ちまってさ、おまえは大丈夫……ッて、おい……!」
     ようやく頭もはっきりしてきたところで振り向こうとした矢先に、いきなり背後から抱き締められた。保坂の抵抗も易々とねじ伏せ、腰を強く掴んで背中を前に押してくる。そこにあてがわれた熱の塊にぞくりと身体が震えた。保坂は顔を赤らめて形ばかりに抗ったあと、うしろの男にうながされるまま壁に手をついた。
    「バカ……、朝からなにサカッてんだよ……」
     あんな夢を見たせいだろうか。身体が火照り、男を受け入れようとしているそこも指で軽く愛撫されただけでやわらかく湿り、ゆっくりと侵入してくる肉棒を待ちかねていたようにきつく絡め取る。
    「あぁ……」
     背中を弓なりにのけぞらせて、奥へ奥へと挿ってくる風間をもっと感じ取ろうとしたときだった。
     世にも甘い囁きが聞こえてきた。
    「……そんなに俺をすんなり受け入れちゃっていいの?」
    「……瑛……――ッ!」
     ぎくりと顔を強張らせたのと同時にぐっと突き挿れられ、言葉の終わりが掠れた。
    「さすがは一彰さん。……想像していた以上の身体だよ。中、ひくついてる。このままじゃすぐにいきそうだから、もう少しゆるめてくれないかな」
    「バカ、――風間に怒られ、る……抜けいますぐ……っ」
     笑い混じりの声に頭がおかしくなりそうだ。白い湯気を破り、肩越しに見えたのは確かにブロンドの短髪だ。均整の取れた身体つき、長い手足。執拗に突き上げてくる感触も、風間とはまったく違う。火照った粘膜が、硬く反り返る瑛を根元まで欲しがって締め付けてしまう。
     ――どうしよう。どうしたらいい? 風間かと思ったのに瑛にやられているなんて夢じゃないのか。じゃ、さっきのは? あれこそ夢じゃなかったのか?
    「いいのかなぁ……、こんなことしちゃって。風間さんが知ったら絶対に激怒するよね。冗談なしでぶっ飛ばされるかも」
     いいのかな、なんて聞くまでもない。風間が知ったら激怒するなんてものじゃない。とは思うが、どうしても「やめろ」という気にはなれなかった。
     楽しげに笑う瑛が、ますます淫猥な腰遣いで攻めてくる。大きく揺すり立て、風間とは違う角度、違う深さで突いてくる。つながるそこの奥から、淫らに湿る肉をかき回す音が聞こえてきて、よけいに身体を熱くさせる。それがまたあざやかな快感を保坂にもたらし、いけないとわかっていても続きをせがんでしまうのだ。
    「……一彰さんのここ、すごく熱い。ずっとこうしたかったんだよ。癖になりそう。ねえ、これからもときどき風間さんに内緒でしようよ。一彰さんが泣くまで可愛がってあげるよ」
    「――っんなこと……言われ、ても……だめ、ぁあっ抜くな……いい……っ」
     腰骨がぶつけられ、堪えようと思っても甘ったるい喘ぎがこぼれ出る。降りしきるシャワーのしぶきに瞼を強く閉じても、声を押し殺すことはできない。
     これは夢だ。絶対にそうだ。こんなことが現実にあっていいわけがない。いくら男が好きでも、どんなに瑛に惹かれていたとしても、恋人は風間ひとりと決めたはずではないか。現に、この身体を好きにさせているのは風間だけだ。たった一度キスしたことのある瑛に抱かれてみたいというのは、あくまでも願望に過ぎない。絶対に絶対にそうでないと困る。
     必死に自分を叱咤するかたわら、もしもこれがほんとうに夢だとしたら、いつかかならず覚めてしまうのだから、楽しめるうちは楽しんでおいたほうがいいと貪欲に求めてしまうのが我ながら恐ろしい。
     ――ごめん、風間。ほんとうにごめん、でも、おまえだと思ったんだよ。まさか瑛にやられるとは想像もしてなかったんだよ。ほんとうにごめん、今回だけ。絶対に今回だけだから――ああもうだめだ。
     勝手極まりないことを胸の裡で呟き、壁のタイルを拳で弱々しく叩いた。
    「も、……――いき、そう……」
    「ん、俺も。一緒にいこう。……一彰さんのなかでいきたい」
     耳朶を甘く囓られ、大きく息を吸い込もうとした寸前、もう一度浴室の扉が開いた。
     今度はその音がはっきりと聞こえた。
     ふたりそろって振り向いた。だけどもう、止めようにも止まらない。
     予想しうるなかでももっとも最悪の事態に、いままでに一度も感じたことのない強い怯えと快感が押し寄せてくる。
    「あっ……」
     白い湯気の向こうに見える男が笑っているのか、激昂しているのか。
     そもそも、どこまでが都合のいい夢で、どこからが厳しい現実なのか。
     即座に判断できたなら寿命が十年延びるような気がするが、できることならその前に気絶したほうがよさそうだ。


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