チカ☆チカ☆エスカレーション!!(「誓約の移り香」番外編2006.5)

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     その手紙が届いたのは、風薫る爽やかな五月のある日のことだった。
    「ふーん……管理組合かぁ……」
     ポストに届いていた郵便物をあれこれ見ていた羽沢誓史、通称チカが一通の手紙の封を切り、かさかさと便せんをめくっている。
     彼の足下に座り、手の爪を切っていた南千宗はその呟きを耳にして、「なに、どうしたんだ」と顔をあげた。
    「管理組合って、このマンションのか?」
    「いや、うん……違う……」
     まるで要領を得ない言葉を返すチカが真面目な顔で手紙を読んでいることに、南は肩をすくめて再び爪を切り出した。
     土曜の今日、校了を終えたばかりの身だけに昼過ぎにゆっくり起きて、ついさっきチカ特製のシーフードリゾットを食べさせてもらったところだ。
     昼からリゾットとはまた豪華な、とびっくりすると、長身に黒のカフェエプロンを巻いたチカはにこにこと笑っていたっけ。
    『僕の料理の腕って結構いいと思うんだけど、腕をふるう機会が案外少ないからね。きみが眠っているあいだにつくってみたんだよ。それに最近のセンちゃん、いつにも増して忙しいでしょう。おいしいものを食べて、しっかり体力つけて』
     涙が出るほど愛情深い言葉をしりぞける南ではない。ここ数日、多忙続きでまともなものが食べられなかっただけに、チカの手料理は五臓六腑に染み渡る旨さだ。
     銀色のベリーショートが似合う男が目を瞠るほどの旺盛な食欲で、深皿に盛ったリゾットを二杯平らげた。新鮮な魚介類を贅沢に使ったリゾットは味もやさしく、起き抜けの胃にもたれない。ついでに、最近チカがこっているという塩味のドレッシングで調えたサラダもボウル一杯に食べた。
     それでいまは満たされきった気分で鼻歌を歌いつつ、手と足の爪を切っているというわけだ。
     休日の午後、大きな窓から初夏の陽が射し込む部屋で恋人とのんびり過ごす時間は、なにものにも代え難い。
     ボリュームを絞ったピアノ曲に合わせてぱちぱちと爪を切っていると、「あ」とチカがかたわらからのぞき込んできた。
    「だめだよセンちゃん、あんまり深爪しちゃ。やすりで磨いたほうがいいよ。爪切りだと割れちゃう」
    「面倒だからいいよ、これで。また伸びるんだし」
    「だーめ。前にも言ったよね、センちゃんの手も足も爪も髪の毛一本も僕のものなんだから、もっと大切に扱ってよ。待ってて、いまやすりを持ってくるから。僕が整えてあげるよ」
     そう言ってソファを立ち上がり、すたすたとリビングを出て行くパーカー姿のチカの背中に、南は苦笑いしか出てこない。
     チカの愛の深さに対抗できるのは、きっとマリアナ海溝ぐらいのものだ。底が見えない愛情はときに、SMというけったいな趣味で威力を発揮して南を閉口させるが、たいていの場合は純粋で微笑ましい。
     ――あいつみたいに人前に出るのが仕事じゃないんだから、俺の爪や髪なんて適当でいいのに。シャンプーやボディシャンプーの品質チェックまで厳しいんだよな。
     毎日着る服もそうだ。デザインは南にも好みがあるから口を挟まないが、肌に直接あたるものに関するチカのチェックはとにかく厳しい。
     そんなに気を遣うのはなぜかと以前聞いたら、『だってきみは僕のものだし』とまこと理由になっていない答えが満面の笑顔つきで返ってきて、おおいに脱力させられたものだ。
     むろんそのあとには、いかにもチカらしいせりふがついていた。
    『それに、やっぱり触り心地がいいほうがいいし。肌はね、一日手入れを怠っただけで感触が変わるんだよ。僕は毎日きみを触ってるから、よくわかる。つきあい始めた頃は肌理が整っていない部分もあったけど、いまじゃすっかり気持ちいい身体になったよね?』
     気恥ずかしい言葉に、どこがだよ、と思わず問い返してしまったのがまずかった。長いこと柔道部で鍛えてきた身体のどこがいったい気持ちいいのかと、本気で疑問に思ったのだ。
     すると、チカは切れ長の目をきらっと輝かせ、いやにわくわくした顔で言ったものだ。
    『あのね、まずは内腿』
    『う、……うちもも……』
    『そう。僕の腰に絡み付いてくるときの筋肉がしっかりしているのは言わずもがなだけど、イキそうになる寸前のセンちゃんの内腿ってしっとり湿って気持ちいいんだよね……なんだろうあれ、びっくりするぐらいやわらかい部分もあるみたいなんだよね。あんな太腿に挟まれてごらんよ、僕じゃなくても昇天するって。ああそうだ、今度よかったらきみの太腿に挟ませてもらえないかな。ほら、女のひとがサービスしてくれる店にそういうのがあるじゃない。太腿に挟んで擦らせてもらうんだよね。きみの身体であれをするんだったら、どういう体位がいいかな。やっぱり正面かな……でもちょっと難しそうだよね? 挿れずに擦るんだもんね……うしろがいいかな。それならきみのあそこも擦ってあげられて、お互いに気持ちいいかも。ね、ローションを使えばぬるぬるするし、あともうちょっとで挿れてもらえそうなところをわざとそらされて、意地悪く犯される感覚って味わいたいでしょう。……うん、いいね、今度しようね。ああそうだ、肌の気持ちよさについて話していたんだっけ。内腿のほかは、やっぱりお尻かな。あそこも僕が毎日触ってあげているせいか、指が吸い付くようになったもん。ねえ、今度は叩いてあげようか。あ、もちろん叩くと言ってもソフトな感じから始めるとして……』
     ひとつの話題から千も万もの方向に飛び散っていくのが、チカという男だ。
     その頭の中身がどうなっているのか、いかに恋人といえどあまり知りたくない気がする。
     このときだって、長々と続く露骨な話の途中から南が首筋まで赤くしてうなだれていたというのに、チカはいかにも楽しげだった。
     ――おまけに場所を選ばないもんだから、なにかの罰ゲームをやらされているんじゃないかと思ったぐらいだ。
     南の身体のどこが気持ちいいか、という話題にチカがのめり込んだのは、ふたりで買い物をしている最中のことだった。ちょうど切れていたボディミルクを買いに行った先で、ばらの香りがいいかバニラの香りがいいか悩んでいたチカに、『なんでもいいって、俺は』と言ったところ、『だめ。きみは僕のものなんだから、ちゃんと手入れしたい』と返ってきて、悪夢のような言葉に続くというわけだった。
     店中だったから、周囲にはもちろん多くの客がいた。店員もいた。どちらかというと女性が多い店だっただけに、チカも気を遣ってごくちいさな声で囁いてきたが、それがなんだというのだ。聞いているのが自分だけだとしてもあんまりな内容に、頭がくらくらして目が回るかと思った。
     チカの長広舌は毎度のことだが、未だまったく慣れられない。せめてベッドの中だけにしてくれればこっちも覚悟ができるのだが、ふとした拍子に、品のある深い声でつらつらと激しいことを言われるから、いたたまれない。
     チカの中には、彼自身でさえも制御できないスイッチがあるんじゃないだろうか。ひとたびそのスイッチが入れば、南にまつわるありとあらゆる妄想のかぎりをつくした言葉が飛び出すのだ。もちろん、抑えきれずに手が出ることもままある。
     それに、柔道部出身の現在二十五歳、職業はスポーツ雑誌の編集者という男がばらの香りを漂わせているのは自分でもどうかと思う。先日など、隣席に座る先輩の吉田にとうとう、『なんだァ南、最近いい香りさせてるよなあ。可愛いお姉ちゃんの趣味か?』とからかわれてしまったぐらいだ。
     ――可愛いお姉ちゃんの正体が、身長百八十センチの銀髪、一粒ダイヤのピアスが憎たらしいぐらいにはまる男だって知ったら、吉田さんもびっくりするだろうな。おまけに、黒帯保持者だ。でも、あいつがばらの香りを漂わせていても、全然変じゃないんだよな。
    「お待たせ。手を見せてごらん」
     爪専用のケア用品一式を収めた箱を手にしたチカが戻ってきて、南の前に腰を下ろす。仕方なく右手を差し出し、任せてしまうことにした。
     いつもはシャツにパンツといったスタイリッシュな格好の多いチカだが、今日は南のパーカーとスエットパンツを借りてラフな装いだ。
     互いに似たような体格をしているから、サイズも問題ない。だけど、着古していい感じにくたくたになった自分の服を着たいと言ってくれるのは、きっとチカぐらいのものだ。そう思うと、突拍子もないことを口にするところはともかくとして、なんだか胸が温かくなる。
     ――ちょっとばかり頭の回路がいかれているけど、俺を想ってくれるこころは純粋なんだよな。
    「はい、じゃ左手も」
    「うん」
     慣れた手つきで爪を磨くチカがプラチナシルバーの頭をうつむかせ、南の左手の親指から順に形を整えていく。
     丁寧なその仕草に、俺も愛されているんだよな、と南が口元をほころばせたときだった。
    「……ねえ、センちゃん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
    「なんだ。言ってみろよ」
     手から伝わる体温にこころもほぐれ、鷹揚な気分で頷く南に、だがしかしチカのほうが一枚も二枚も上手だった。
    「あのね、真柴さんから手紙が来たんだよね。僕たち、最近、独自に管理組合を設立してね。会員はまだ三名しかいないんだけど」
    「真柴……」
     記憶に薄い名前に思惟をめぐらせ、――ああ、あの眼鏡かと五秒後に思い出して顔をしかめた。
    「真柴から手紙?」
    「そうだよ。あのひと、電子メールがあんまり好きじゃなくて、大事な用件はすべて手紙で送ってくるんだよ。いまどきめずらしいよね。でも、僕は結構いいと思うんだよね。メールよりもこころが伝わるし、真柴さんの文字って綺麗なんだよ」
    「おまえも綺麗な字を書くじゃないか。だいたい書道教室を開けるぐらいの腕前なんだし」
    「まあね」
     微笑むチカにつられて南も笑い返し、いいやそうじゃない、いまは笑うところじゃなかったと慌てて顔を引き締めた。チカにつき合っていると、どうも話が脱線してしまうことが多くて困る。
     ――真柴って言えば、クラブ・ゼルダのプレイヤーじゃないか。そんな奴とどういう組合をつくったっていうんだ。
     あまたの店がひしめく東京・六本木にその名を轟かせる、SMクラブ・ゼルダのスタープレイヤーというのが、チカの職業だ。
     黙って立っていれば、威力のあるきわどい目元に色気が滲むふっくらしたくちびる、長い手足にちいさめの頭という恵まれた容姿で、トップモデルと間違われることも多いのだが、彼のほんとうの姿は、多くの奴隷を従えるご主人様だ。
     その手の店として老舗のゼルダには、ほかにも個性的なプレイヤーがいると聞いている。そのひとりが、真柴俊介という男だ。財務省国際局に勤めるエリート中のエリートながらも、週に一度はゼルダで奴隷を鍛えているというのだから、人間というのは見た目だけじゃ判断できないものだ。
    「……あの真柴とどういう組合をつくったんだよ。SMプレイヤーの雇用について真面目に考えてるとか?」
    「ハハ、まさか」
     南の疑問を可笑しそうに打ち消したチカが、左手の中指を削ってふっと息を吹きかける。
    「はい、じゃあ今度は薬指だよ。……いや、労働組合じゃなくて、管理組合。僕らは奴隷の調教を仕事としているでしょう。奴隷の忠誠心を高めるためのより効果的な方法を日夜研究しているわけだけど、自分ひとりでやるのも限界があるんだよね。それで、やっぱりこういうことにも活発な意見交換が必要かなと思って、少し前に真柴さんと僕とあともうひとり、加藤さんってプレイヤーと三人で組合をつくったんだ。……でね、第一回目の議題が『射精管理』なんだよね。それぞれ奴隷の性欲をいかにコントロールできるか、実地で確かめつつ、競い合おうってことになっていてさ……あれ? どうしたのセンちゃん、ぐったりしちゃって。疲れた?」
     疲れたどころの話じゃなかった。
     聞いている最中から身体中の力が抜けてしまい、真面目に聞く気も失せた。
     この広い世界のいったいどこに、射精を管理する組合をつくろうと考えるバカがいるのか。
     ――俺の目の前にいるじゃないか。
     力なくソファにもたれてため息をつく以外にすべきことがあるというなら、誰か教えてほしい。
     空恐ろしいことを淡々と口にする恋人の頭の中身を、いまこそ真面目に疑うべきなんじゃないかと思ったが、いいやもう遅いという気もする。
    「で……そのアホな管理組合がなんだっていうんだよ……」
    「うん、……あのね、僕はきみを奴隷だとは思ってない。思ってないよ、ほんとうだよ。前世でもきみとしあわせな一生を終えたと思うし、来世でもかならずセンちゃんを見つけ出して恋人になる覚悟があるよ」
     どういう覚悟なのだと問い返す前に、妙に思いつめた顔をするチカが、手入れをしていた薬指をぎゅっと掴んで身体を寄せてくる。
    「お願いです、センちゃん。僕の言うことを聞いてください」
    「な、なんだそれ、ちょっと待ておまえなにを言おうとし……っ」
    「僕に、きみの射精を管理させてください」
     秀麗な顔は真剣そのものだが、南は呆気に取られて声も出なかった。
     彼が自分と同じ日本語を喋っているとは、到底信じられない。
     ドイツの大学へ留学していたぐらいだから、ひょっとしていまのはドイツ語で喋られたのだろうか。だったら、理解できないのも無理はない。自慢ではないが、編集者として、日々、正しい日本語をきっちり操るのだって大変なのだ。
     額に浮かんだ汗を袖で拭い、南は弱々しく笑う。頑丈な身体だけが取り柄の自分としたことが、初夏の陽気にやられてしまったのだろう。
    「な、なんか俺、いま耳が一瞬おかしくなったんだよな。ふふ、そうだよな、チカが俺のしゃ、しゃ……しゃ……」
    「射精管理をさせてって言ったんだよ」
     艶っぽい声にある種の凄みを交えたチカが、いきなり薬指をきつく噛んできた。
    「……つッ……」
    「ねえ、一度でいい。きみの性欲を僕に管理させて。センちゃんにとってもいい体験になると思うんだよ。性欲をコントロールすると、快感の幅が前よりもっと広く、深くなる。こんなふうに指を噛んだだけでもいけるようになると思うし、……きみの好きなここも」
    「……おまえ……ぁッ」
     Tシャツの上から胸をまさぐられ、思わず声が掠れてしまった。
     長い指が、胸の尖りを浮き立たせるようにゆっくりと這い回る。弱めの愛撫が、逆に焦れったい快感を呼ぶようだ。敏感な先端が淫らな芯を孕んでTシャツを押し上げる頃には、南の目も潤んでいた。
    「……ばか、なに、……すんだよ……」
    「気持ちいい?」
    「ん……」
    「可愛い、センちゃん……。きみってほんとうに乳首を弄られるのが好きだよね」
     くすりと笑うチカの色っぽいくちびるに、とっさに「そんなこと、ない」と羞恥心に身体をよじらせた。
     そこが弱いのは事実だけれど、生まれつきというわけじゃない。
     服を着替えるときや風呂で身体を洗うときに、なにげなく触れてしまうことは何度となくあった。だが、淫靡な意味で触ったことは一度もない。それをチカに開発され、男の指で感じるようにされてしまったのだ。
     感じやすいと自分でわかっていても、正面きって同意を求められると恥ずかしくてしょうがないし、「……俺の、せいじゃないし」と反発心も湧き上がってくる。
    「チカが、変な意味で……触らなければ……」
    「変な意味って、どんなの?」
     不思議そうな顔のチカが腹立たしいかぎりだ。まさか、いちいち説明しなければわからないわけではないだろうが、演技なのかそうじゃないのか。朦朧とする意識では判別できず、明るい部屋の中でTシャツをたくし上げられながら南は身悶えるだけだ。
    「そういうふうに、指で、こねたり、……つまんだり、するのって……変だって……ッぁあっ、噛むな、バカ……!」
     ちゅくちゅくと音を立ててそこに吸い付くチカが、「ん?」と目だけで笑う。もう片方の乳首も、尖る先端に触れるか触れないかというところで指が動き、微妙な感じがたまらない。
    「……あ、あ……」
    「もう噛んでないってば。……ね? 指で可愛がってるだけだよ。こうして毎日揉んであげることで、きみのここは感度がもっとよくなるんだよ。最近、シャツに擦れただけでも感じるようになったでしょう。電車の中で誰かに触れて、思わずイキそうになったりしてない? 大丈夫?」
     まともに答えることもできなかった。
     チカの言うとおり、自分のそこが以前のように身体のなんでもない一部ではなく、性感帯のひとつになってしまったのだと思い知らされることが日常で多々ある。
     風呂にひとりで入っているとき、ふと思いついて触ってしまうことがある。最初はもちろん、冗談だ。こんなの、自分でやっても感じるはずがないと思っているのに、いつの間にかチカの指で弄られる夜を脳裏に描いて、きつく、弱くこね回し、鼻から抜ける甘い喘ぎ声に自分でびっくりしてしまう始末だ。
     いまも、そう。チカの綺麗な指でもてあそばれる赤く淫らな肉芽はふっくら腫れ、きゅっと押し潰されるたびに下腹を疼かせるような快感をもたらす。
    「いやだ……もう、いやだ、……」
     そこだけの執拗な愛撫にすすり泣く南の顎を強く押し上げ、チカがそっとくちびるをふさいできた。
    「ん……ッ」
     長く温かい舌がぬるりと挿り込んできて、たっぷりとした唾液を伝わせてくる。
     飲んで、と目顔で言われ、ごくりと喉を鳴らした。もう一度。もう一度。チカのキスは長く淫蕩で、舌をうずうずと擦り合わせるあいだも視線は合わせたまま。飲みきれない唾液がくちびるからあふれ、顎を伝っていく。
    「……ん、んん……」
     涙混じりにくぐもった声で応え、引き締まった身体にしがみつく以外なにができるというのだろう。
     ――俺だって、男だぞ。柔道部の主将だったのに、どうしていまはチカの言いなりになってしまうんだ。そりゃ確かに気持ちいいし、いつもいかされてしまうけれど、一方的なのは悔しい。
    「……千宗のここ、もうびしょびしょになってる。すごいね、どうしたの。乳首だけでイケちゃいそう?」
     互いに座ったまま、正面から抱き締め合うような格好で、右手で乳首を弄り回され、左手がスエットパンツの中にもぐり込んできて、ぬちゃぬちゃと音をたてている。
     グレイのスエットパンツの中で、チカの指に握り締められていると考えただけであふれ出してしまいそうだ。ゆっくりと扱かれ、たまにスエットパンツの穿き口から濡れた亀頭が見え隠れするのがどうしようもなく恥ずかしい。こんなのだったら、いっそ、全部脱がしてくれたほうがいいのに、いやらしく濡れるそこが見えたり見えなくなったりという視覚効果で南が感じ入ることもすべてお見通しなのだろう。いやに時間をかけて愛撫され、気が狂いそうだ。
    「ね、千宗、……射精管理しようよ。大丈夫、痛いことはなにもしないし、一週間だけだから」
    「ッや、だって……そんなの、しなくても、……俺は……っ」
    「あのね、じつはもう約束しちゃったんだよ。真柴さんたちと、自分の奴隷を管理しあおうって……あ、違う違う、きみは僕の恋人。いまのは言葉のあやだから怒らないで。でね、きちんと一週間管理してレポートを出さないと怒られるんだよ」
    「おこ、られるって、なに、……どんな……ッあ……やめ、ッ……そこ、そんなに……」
    「もしもレポートを提出できなかったら、僕が真柴さんと加藤さんに管理されちゃうんだよ」
    「え、……なに……なっ、……」
    「僕があのひとたちの言うことを聞かなきゃいけなくなるんだよ。そんなの、千宗もいやでしょう? 僕だっていやだよ。だって真柴さんはゼルダきっての武闘派だし、加藤さんは……ああ、今度紹介するね。一見普通のサラリーマンに見えるんだけど、スパンキングとアナル調教じゃ加藤さんの右に出る者はいないと言われているんだよ。二十七歳で、最近、会社の三つ上の先輩を奴隷にしたんだって。僕もこのあいだひと目見せてもらったけど、やらしいことなんかひとつも知らないって顔の可愛い大人の男だったなぁ……。でもね、マゾの素質が大ありなんだって。加藤さんがプレイヤーだって知らずに、ゼルダのショウをこっそり見に来たのが互いの性癖を知るきっかけだったんだよ。いいよね、なんだか運命的だよね。そのひと、いまじゃ加藤さんに毎日苛められて泣いてるらしいよ」
     いまこそ声を大にして言わねばなるまい。
     チカの頭はどうかしている、おまえの周りの奴らももれなくそうだ、――と怒鳴れたら、いまのような関係は築いていなかったはずだ。
    「お願いだよ、千宗。一生に一度のお願い。一週間だけでいいからきみの射精管理をさせて。そうでないと、僕があのひとたちに管理されちゃうんだよ。それ、いやでしょう? 困るでしょう?だから、ね? 言うことを聞いてくれたら、いまからほら、……きみの好きな太くて硬い僕のこれでうんと可愛がってあげるから。お尻の奥まで突いてあげる。カリで擦ってあげるから、僕の言うこと聞いて。あ、……こら、触るならもっとやさしくしてよ。だめだって、そんなにきつくしたら。ね、いいよね? 中にいっぱい出してほしいでしょう? ね? ほら、うんって言って、千宗……――いい? ホント? ほんとうにいいの? ……ありがとう、嬉しいよ。じゃあ、早速月曜日から始めようね。その代わり、今日はいっぱい絞ってあげる。うしろを向いてごらん。ソファに手をついて、……そう、お尻を高くあげて、ひくひくしてるところを僕に見せて。……頭がおかしくなっちゃうぐらい、してあげるよ」
     衰えることを知らぬチカの魔法の言葉が頭の中でぶんぶんと唸るなか、なかば呆然としながらソファに手をつき、スエットパンツも下着も脱がされた下肢をおずおずと掲げる自分というのは、いったいなんなのか。
     快感から逃れられずに、射精管理などという恐ろしいアイデアに頷いてしまい、背筋がぞくぞくしてくるが、万が一にもチカが真柴たちに組み敷かれることを想像したら、いやだと突っぱねることはできなかったのだ。
     昼間だろうがリビングだろうが、チカに触れられたらそこが彼とのベッドになる。
     ――ほんとうにバカだ、俺は……。
     じわっと涙が浮かんだ瞬間、チカが背後から容赦なく突き挿れてきた。

     

     

     

     翌日から地獄の日々が始まった。
     以前、一週間のお試し奴隷期間があったが、あのときはチカも主人の立場に徹したせいで、口調そのものが変化し、冷酷な態度に自分としたことが内心怯えたものだ。
     けれど、今回そういったことはなく、恋人の甘い態度を崩さずに接してくれているのはありがたい。
     ありがたいのだが、起き抜けに自慰をさせられるとは思わなかった。
    「はい、じゃ、パンツ脱いで」
    「おまえな……」
     週明けの月曜、仕事に行くために寝ぼけ眼を擦って起き出した南の寝癖のついた頭をくしゃくしゃと撫で、チカが笑いかけてくる。
    「射精管理は始まってるんだよ。今日から一週間、よろしくお願いします」
    「は……こちら、こそ……」
     深々と頭を下げられたので、つられて天蓋付きベッドの上でお辞儀をしてしまった。だが、その直後に股間をぎゅっと掴まれ、顔が強張ってしまう。
    「なっ、なに……」
    「オナニーして」
     問答無用でパジャマのズボンを引きずり下ろされた。
    「……バカ、おまえ朝からなにやってんだよ!」
     あんまりな事態に必死にもがいたが、こういうとき、チカの底力というのは遺憾なく発揮されるようだ。目と鼻の先でにこりと笑い、「朝勃ちしてるみたいだから、大丈夫。気持ちいいよ」とまるでひとの言い分を無視したことを言う。
    「射精管理の基本は、当たり前なんだけど射精を我慢することから始まるんだよ。これから毎日、きみにはオナニーをしてもらいます。でもね、いっちゃだめ。出しちゃだめ。ぎりぎりまで我慢して、出すことを堪えて」
     まったくもって気が狂っている。反論しようとしても、口がぱくぱくと虚しく開いたり閉じたりするだけで、文句は一向に出てこない。そうこうしているあいだにも、チカはベッドそばにいつも置いているローションを手に取って温めてから、南のそこに触れてくる。
    「……ぁ……っ」
    「起き抜けに触られるのって、妙に気持ちいいよね。でも、こうしてローションで濡らしてあげるのは今日だけだよ。僕が触れるのは七日後、そのあいだはきみ自身がやらないと、ほんとうの意味での管理にならないから。……射精を管理されるっていうのはつまり、きみの身体ばかりか精神的にも僕の支配下にあるってことなんだよ。いつでも感じることはできるけれど、決定打を与えるのは僕だけ。イクって感覚を、きみはよく知っているでしょう? 普段はあの感覚に手綱を付けないで、僕に抱かれているときもイキたいときイッてると思うんだけど、今日から七日間はそれさえも僕が決めるんだと覚悟して。もちろん、きみを奴隷扱いしているわけじゃないことはよく覚えていてね。これは単なる実験のひとつに過ぎないんだよ」
     わかったようなわからないような理屈を並べたてられるあいだも、ぬるぬるした手で巧みに扱かれて腰に火が点きそうだ。
    「はい、じゃ、ここからはきみがやってみて」
     チカが手を離してしまったことで、南は恨めしげな目つきで自分のそこを見下ろす。
     いまや臍につくぐらい反り返ってしまったそこはローションのぬめりもあるせいか、先端から根元の茂みまで濡れていて、正視できないいやらしさだ。
    「……ん……」
     仕方なく、言われたとおりに自分のそこを握ってたどたどしく指を動かした。全身にチカの視線を感じて、汗が噴き出す。瞼をぎゅっと閉じて、感覚だけに頼った。
    「あっ……あっ……」
    「ふふ、昨日あれだけ絞ったのに、濃いのが出てる」
     根元から先端に向かって両手で擦り上げると、ぎゅうっと絞られるような快感が脳天を突き抜ける。くびれに指を絡み付け、そこから何度も揺さぶった。
     土曜と日曜、チカに散々抱かれて、身体のあちこちにはいまも噛み跡が残っているはずだ。最近のチカは感極まると、きつく歯を立てることがよくある。それで感じてしまう自分も自分だと内心なじり、先端の割れ目に指を埋めて小刻みに扱いた。それから、重たい熱を持ってしこる陰嚢も軽く撫で回す。
     目を閉じていると、嗅覚や聴覚が敏感になるようだ。チカがいつも使っている甘く深いフレグランスが鼻をくすぐり、自分の手の中でぬちゅぬちゅいう音もやけに大きく聞こえる。仕方なしにやっているというには、硬く昂まるペニスから指が離せなかった。
     ――チカに、見られている。俺がやらしく扱いているところを、全部。
     背骨の下をつうっと這い上がる強烈な快感に昂ぶり、ああ、と喘ぎを漏らしたときだった。
    「……いき、そう……」
    「だめ。いかないで、我慢して」
    「っァ――でも……でも、……っ」
    「だめだよ、センちゃん。ここで我慢しないと管理にならないんだよ」
     ぴしゃりと優しく腿を叩かれ、慌てて瞼を開いた。自慰にふける南の姿を一部始終見守っていたらしいチカは微笑みながらも、ひどく真剣なまなざしを向けてくる。
    「我慢して、センちゃん」
    「……ん、……は、……ッは……」
     急速に高みに昇ろうとしたところを引き戻されるのが、どれだけつらいか。
     目頭が熱く潤み、息も荒い。頭の中なんか、真っ白だ。せっかくあともう少しでいけそうだったのに。
     全身に汗をかき、はあはあと息を途切れさせて突っ伏す南の両手をそっとそこからはずし、チカがやさしく背中を撫でてくる。
    「きみの痴態を見守ることが僕に課せられた使命なんだよね。……ああもう、僕も勃ってきた……ううん、でも、我慢するから……これから一週間、頑張ろうね」
     本気で死にたくなってきた。

     

     


     日中、チカの目が届かない場所にいるあいだは、貞操帯代わりのサポーターをつけられることを命じられた。少しサイズがきつめのそれは、朝の半端な自慰で昂ぶった性器をほどよく締め付け、始終甘い疼きをもたらす役目を果たす。
     本格的な貞操帯もあるにはあるが、鍵付きになってしまうという。それだと、日常生活に支障をきたすからサポーターにしようというチカが言ってくれたのだが、そのやさしさからして、なんだか間違っていないだろうか。
     ともあれ、怪我もしていないのにサポーターをつけて会社に行くことになってしまった。
     総合出版社・メディアフロントの月刊スポーツ誌「月刊プレイヤーズ」編集部が、南の勤め先だ。
     こうなったら仕事にのめり込むしかないとばかり、全精力を傾けて原稿を書き、チェックし、資料をさらった。
     だが、ふと気がゆるむと、もやもやした快感が身体の奥のほうに溜まっていることに意識が流れてしまう。それも時間を増していくたびに、ひどくなっていく。
    「おい南、ちょっと悪いんだけどよ、これコピーしてきてくれねえか。次号の付録台割、俺とおまえの割り振りをしてみたからさ」
    「あっ、はい、はい」
     夕方過ぎ、隣席の先輩編集者である吉田に書類を渡されて立ち上がった拍子に、サポーターに締め付けられている場所からとろっとなにかが染み出す感覚に襲われて、びくんとのけぞった。
     その様子に気づいたのだろう。吉田が不審そうな顔で見上げてくる。
    「どうした、顔赤いぞ?」
    「いえ、あの、……いえ……なんでも、ありませんアハハハハハいやもうホントに……」
     うろたえながら後じさりし、膝をがくがくさせながらコピー機で付録の台割をコピーし、「吉田さん、おま、お待たせしまし、した」と舌を思いきり噛んだあとは、トイレにいちもくさんだ。とはいっても、走ると変に股間に刺激を与えてしまうので、すり足で行くしかない。
     情けない姿に、どこぞの泥棒かと涙が出そうだ。
    「どうしたよ、南。へっぴり腰で。ヘルニアか? 気をつけろよ。編集者は腰がイカレやすいからな」
     他部署の先輩にも奇妙な顔をされながらトイレに入り、個室の鍵を閉めたところでやっとひと息ついた。
     ――こんなのが一週間も続くのか。
     焦れったくベルトを抜いてジッパーを下ろし、思いきってスラックスもサポーターもまとめて、膝まで脱ぎ落とした。
     不用意に触らないほうがいいとチカに言われたが、『射精しなければ、どんなことをしてもいいよ』とも言っていた。窮屈なサポーターで数時間締め付けられたそこがどうなっているか、目で確かめるぶんには問題ないはずだ。
     しかし、サポーターを脱いだとたん、ぶるっと飛び出る感触とともに視界に入ってきたいやらしい光景に、腰が抜けそうになってしまった。
     ずるずると壁にもたれながら便座に腰を下ろし、そそり立つ自分のそこに思わず顔がかあっと熱くなる。
     完全に勃起した状態の竿はいつもより太く、赤く充血し、触ってもいないのに割れ目が物欲しげにひくひくとうごめいて淫らなしずくを垂らしている。おそるおそる前屈みになってその下をのぞきこんでみると、陰嚢もぱんぱんに腫れ上がっていた。
     泣きたい。許されるなら、いまここで大声をあげて泣いてしまいたい。
     仕事しているあいだ中、ずっと勃起していたのだと思うと、どういう変態だ俺は、と歯ぎしりしたくなってくる。
     触りたい。チカの言いつけなんか破ってしまって、思いきり扱いてイキたい。
     ――いいじゃないか、べつに。会社にいるあいだにやってしまえば、ばれない。……でも、もしばれたら。俺を管理できないとわかったら、あいつは真柴たちの管理下に置かれてしまうんだ。
     ゼルダが誇る武闘派プレイヤーの真柴の支配下に置かれたら、どんな目に遭うか。上質の筋肉を全身に張りめぐらせたチカをむりやりねじ伏せる冷酷な男の横顔を思い浮かべ、知らずとシャツの上から胸をまさぐってしまった。
    「……あ……」
     びりっと痺れるような刺激に驚いて見下ろすと、乳首がうっすらと透けてシャツをせり上げている。慌ててネクタイを首のうしろに投げて、ボタンをはずした。
     ――真っ赤だ。なにもしてないのに。
     空気にさらされてひりひりする突起はいつにも増して赤く、熟れた実のようにぷくりとしている。
     その色に魅入られて指でそっとつまんだ瞬間、身体の真ん中をずんっと突き上げるような快感に襲われて、「ッあ……!」と甘く掠れた声をあげてしまった。
     直後に目を見開き、口を両手でふさいだ。たった一瞬でも、会社のトイレにいたことを失念してしまった。
     いったい、いまのはなんだ。知らない快感だった。
     ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ触ったに過ぎないのに、燃えるような火箸をあてられたような官能だった。
     信じられない。
     たった数時間で、こんなに感じる身体になってしまっている。
     涙目で無惨な身体を見下ろし、のろのろと乱れた衣服を調えようとしたが、一度意識してしまうともうだめだ。
     ――射精しなければ、なにをしてもいいって言ってた。触るだけなら……ちょっとだけだから、……ほんとうにちょっとしか触らないから……。
     今度は絶対に声を漏らすまいとくちびるを強く噛み、南はゆっくりと乳首を擦り、濡れて勃起する性器をゆるゆると扱いた。
     ――チカ、チカ、だめだ、――俺、イッちゃいそうだ、出しちゃいたい。
     だけど、だめだ。チカを真柴たちにいいように扱われてなるものか。
     深く息を吸い込んでふうっと吐き出すと、涙がこぼれそうなほど目が潤み、息も火が点いたみたいに熱い。
    「チカ……」
     ちいさく呟いて、南はぼうっとした意識で壁にもたれた。イキたいのにイケない苦しみが頭を締め付ける。
     いまはまだ性器と乳首を弄ることでなんとかしのいでいるが、もう少ししたら、いつもチカが深く押し挿ってくるあの部分までむずむずしてしまいそうで、自分で自分が怖い。
     実験はまだ始まったばかりなのに、ほんとうに耐えきれるのだろうか。

     日が経つにつれて、南の感じる苦悶は大きく、深みを増していく。
     毎朝のオナニーは射精寸前で止められ、出したい欲求が募りに募って、まるで身体中が火にくるまれてしまったみたいだった。
     そんなとき、チカはきまって労しげな目で見つめてきて、滲み出した精液で汚れた南の手を綺麗に拭き、「よく頑張ったね」とキスしてくれる。それ以上のことをすると刺激が強すぎるから、と彼もあえて手を出してこなかったが、たまに我慢がきかず、南が朦朧とした意識で乳首を弄る手を払いのけ、気がすむまで強く強く揉み込んでくることがあった。
    「あぁ、チカ……――ッだめだ、も、う……っもう今度は、いきた、い……いかせろ……っ」
     すすり泣いて喘ぐ南がシーツを蹴っ飛ばしてせがむところを、額に汗を浮かべるチカが「だめ、絶対にだめだよ」と言いながらのしかかり、疼いてどうしようもない乳首をねちねちとこね回してくるのだからたちが悪い。
     南が必死ならば、チカも同じく必死だったようだ。半狂乱になって悶える南を放っておくことができず、普段はけっして見られないような痴態にもともと少ない理性が吹っ飛ぶらしい。
     全力で覆い被さってくるチカのそこが硬く盛り上がっているのを感じ取ると、もうなんでもいいからしてほしい、どろどろにとけ合いたいという鋭い欲求が何度もふくれあがった。
     たった数日で、身体が変わっていくことを南は実感していた。サポーターで締め付けられたペニスはつねに勃起し、漏らしたみたいに濡れっぱなしだった。おかげで、何度もトイレに通ってはそこを拭い、痺れるような刺激に息を殺さなければならなかった。
     もちろん、乳首もいつも感じやすくなっていた。シャツに擦れてやわらかな粘膜がひりつき、少しでも痛みを薄くしようとうっかり触ってしまって喘ぎが漏れ、――そうか、痛いんじゃなくて感じすぎているんだと気づいて愕然とした。
     長い絶頂がずっと続いているような感覚に終日包まれ、よく夢の中で射精せずにすんでいるよなとばかげたことにほっとした金曜の夜だった。
     明日でこのつらい苦行も終わるという日の九時過ぎに、南を訪ねてきた人物がいた。
    「南さぁん、お客様がいらしてます。A会議室にお通ししてあります」
     アルバイトの小林の朗らかな声に、入稿作業に没頭していた南は、「……あ」と振り向く。それでぎょっとするのは、小林のほうだ。
    「南さん、なに、どうしたんですか。そんなに赤い顔しちゃって……熱でもあるんですか?」
     情けないかぎりなのだが、もう限界寸前だった。健全な二十五歳の男子たるもの、性欲をコントロールされ、射精を寸止めされる日々に頭がおかしくなりそうだ。終始、霞を帯びたみたいに頭はぼうっとして、熱い。手も足も、熱っぽい。目も潤みっぱなしだし、喘ぐのを堪えようとひっきりなしにくちびるを噛むから、そこも熱を持って腫れぼったくなってしまった。
    「平気……平気、A会議室な……」
     席を立ってふらふらと歩き出す南に、ちょうどトイレから戻ってきた吉田が「お、おい」と目を丸くしている。
    「大丈夫かよ、あいつ……身体揺れてるぜ」
    「なんか今週ずっと変でしたよね。いまごろ風邪ひいたのかな」
     同僚たちの心配する声をよそに、フロアの片隅にもうけられた会議室に近づき、「し、失礼、します……プレイヤーズの……南で、す……」と息も絶え絶えに扉を開けた直後だった。
    「き、きみは!」
     室内で待っていた客の姿に南は目を瞠る。以前もこれと似たような光景があったっけ。
     だが、『チカ様を諦めないなら、この会社を潰してやる』と豪語したときとはうって変わって、品のいいスーツに身を固めた若い男は南と同じように、ぼうっと上気した顔だ。
     その欲情に濡れた目に、思わず胸がどきりとしてしまった。
    「橘くん……」
    「久しぶり……」
     言ったきり、ぐったりとテーブルに突っ伏す橘美散は喋るのも億劫らしい。出された茶はとっくに飲んでしまったらしく、湯飲みが空だ。薄い肩をはあはあと上下させているところから、まだ喉が渇いているのか、と聞くと、ううん、とちいさな頭が揺れる。
    「違う……」
     彼らしくもなく弱々しい声に、「どしたんだよ」と隣に座って顔をのぞき込むと、はあ、と艶っぽいため息と一緒に彼がこっちを向いた。
    「……管理、されてる?」
    「え……?」
    「射精、管理……」
     ひとつ喋るのも大儀そうな橘は深呼吸をして、もぞもぞと椅子に座り直す。
    「チカ様に、管理されているんでしょう……。僕も、なんだ」
    「おまえが、チカに?」
    「違う、……真柴、……さんに……」
     ほんとうは真柴、と呼び捨てたかったようだが、言いにくそうな表情で「さん」とつけたあたり、彼らの関係はなにやら新しいステップに進んだらしい。
     人目を惹く整った橘の顔立ちは甘く、猫みたいにつり上がった目がきらきらして魅力的だ。
     以前は、チカを挟んで揉めたこともあったけれど、その後、そういえば真柴に引き取られたのだったと思い出し、「おまえも……されているのか」と聞くと、「うん」と頭が斜めに傾ぐ。
    「こんなにつらいとは思わなかった」
    「俺もだよ。今週は全然仕事にならなかった。毎日毎日、寸止めを食らってさ……気が狂いそう」
    「だよね」
     同病相憐れむ、とはまさしくこのことだ。顔を見合わせて力なく笑った。
    「僕さ、いままでこんなふうにされたことないんだよ。チカ様の奴隷だった頃は、言葉で苛めていただいていたけれど、真柴――さんは、ほんとうに身体に触ってくるんだよ……それが、怖くて……」
    「怖い?」
     目元を赤く潤ませる橘から漂う色香といったら、ただごとじゃない。真柴がどんな手段を使っているか知らないが、こんな状態でひとり外に出していいのだろうかと南が不安になってしまうぐらいだ。
    「……いまだから言うけど、僕ね……最後までしたこと、ないんだよね。でも、今回の射精管理が無事終わったら、ま、しば、……さんが、するって……」
    「するって、なにを……」
    「……言ってもいい?」
    「いいよ、言えよ」
     すくあいげるような目つきに負けた。弱っている橘を冷たく突き放すことはできない。
    「だ……、だんこ、ん、ちょうきょう……するって言うんだよ……」
    「はあ? だんこん? ……だんこん……? 男、根……ああ……ッ!」
     意味がわかったとたん、頭の中に聞いたこともないファンファーレが鳴り響くようだった。心臓が激しく脈打ち、口元をわななかせる南のそばで、しかし橘は憎まれ口をたたく気力もないらしく、身体をぐらぐらと揺らしている。
     この会議室が編集部と離れていてよかった。ほんとうによかった。
    「なんだ、その……男根調教って……響きからして怖いじゃないか……」
    「怖いよ。……いや、でも、あんたはもうチカ様にしてもらってるんじゃないのかな」
    「お、俺が?」
    「まあ、ぶっちゃけアナルセックスのことだよ。フェラチオから始まって、ご主人様のペニスをいついかなるときでも愛せるように仕込むものでね……。最後は全身でご主人様を悦ばせるんだよ。お尻はもちろん、太腿のあいだで擦られることもあるし、手でいかせて差し上げるのなんか基本中の基本だよ」
     言われて、納得した。確かにそれはすでにチカとのあいだでは何度も何度も経験している。
     ――そう、一週間前だって。
     可愛がってもらった身体を疼かせたのがわかったのかどうか知らないが、橘がふっと笑い、「思い出し笑いなんかしないでよ、気味悪い」と呟く。
     だが、その声にもやっぱりいつもの気迫はない。
    「……で、なんだ。おまえ、その……うしろで、したこと、ないんだ」
    「うん。ない。なんとなく怖くて、チカ様もそういうのは無理強いしない方だったから……でも、真柴さんはかならずやるんだよね。いままでもどの奴隷にもそうしてきたって言ってた。『最初の主人の感触を、次の主人に存分に可愛がってもらうことで打ち消してもらうのが正しい調教だ』っていうのが彼の持論なんだよ。この場合、最初の主人っていうのは真柴さんのことね。僕の次のご主人様はまだ決まってないけど……そのひとをちゃんと悦ばせる身体に仕上げることが、バイヤーの使命なんだって」
    「そりゃまた大変な……」
    「でね、いまも……射精管理を兼ねて、男根調教の下地を始めているんだよ。一日中、ローターを入れっぱなし……」
    「えっ」
     最後の言葉にびくりと振り返ると、橘は額にじっとり浮かんだ汗を拭っていたところだった。
    「大丈夫。いまここでイかないから。ローターも動きっぱなしじゃないんだけど、あそこにモノがずっと挟まってる感覚っていうのになかなか慣れられなくてさ……」
    「そんなもの、慣れなくたっていいだろ。むしろ慣れるな」
     思わず本音を漏らすと、橘はちょっと目を瞠り、可笑しそうに笑う。
    「相変わらず変なこと言うんだね、あんたは。全然奴隷らしくない」
    「当たり前だろ、俺はチカの恋人だよ。奴隷じゃない」
    「そう、……うん、でも僕は奴隷として生きるのが正しいと思ってるから。真柴さん本人はともかく、ご主人様に従うのが奴隷の使命だと思うから……頑張る」
     健気な言葉にほろりとくるのだが、ご主人様だの奴隷だのという扇情的すぎる言葉がぼこぼこと挟まることで、感動的な気分も台無しだ。
    「もしここで僕がイッちゃったら、真柴さんがチカ様や加藤さんの管理下に置かれるんだもん。なんとしてでも乗り切るよ」
    「それ、やっぱりほんとうの話なのか」
     誰が脱落しても、管理される結果に変わりないらしいことにげっそりと肩を落とす南に、橘が微笑みかけてくる。
    「僕は負けないからね。奴隷の意地を懸けて絶対に残ってみせる。……あんたもさ、僕のチカ様を奪った以上せいぜい頑張りな」
     いつのも橘らしい生意気な言葉がようやく聞けたことで、南も身体に渦巻く熱を一時忘れて、「ああ」と口元をほころばせた。
    「お互い脱落しないように、健闘を祈ろう。おまえ、俺より華奢なんだから、あんまり無茶すんなよ」
    「うん、そっちもね。チカ様の巨根に耐えられるのって、よくよく考えるとすごいと思うよ」
     虐げられる同士で励まし合う日が来るとは思わなかったが、悪い気分じゃなかった。交わしている言葉がどれだけ凄まじいかは、この際、脇に置いておこう。
     だが、久しぶりに上向きになった気分がぶち壊しになったのは、わずか二時間後のことだ。

     



     仕事を終え、自宅に戻る最中だった。夜十一時過ぎの混雑した地下鉄に乗り込み、南は扉付近で全身を強張らせていた。
     勘違いじゃなければ、少し前からどうも背後に立つ人物に身体を触られている気がするのだ。
    「……ぁ……っ!」
     驚愕のあまり目を瞠った。
     勘違いじゃない、絶対にそうじゃない。だっていま、前に回った手がジッパーの上からそこを指でなぞっている。
     愕然と顔をあげると、暗い窓ガラスにぼんやりと自分の顔が映っている。
     背後には、男が立っていた。
     つうっと思わせぶりに動く手が、盛り上がったそこの形を確かめるようにゆるゆると動いたことで、我慢できずに振り返った。真柴と同じような三十代の男がにやりと笑い、ジッパーにかけていた指を一気に引き下ろした。
     ――なんだこいつ……俺の身体を勝手に触りやがって!
     立錐の余地もない車内でもがいたのも虚しく、男は昂ぶる自分のそこをうしろから押しつけながら、南の股間を好き勝手に探り回す。だが、いくらもたたないうちにサポーターをつけていることに気づいたらしい。
    「へえ、もしかしてそっちの趣味? この中、ぐちゅぐちゅになってるんじゃないのか。……なあ、次の駅で降りろよ。トイレで可愛がってやる」
     危なげな響きを交えた声が鼓膜に忍び込み、ますます淫猥に揉み込まれた。
     冗談じゃない。この身体を誰のものだと思っているのだ。
     腰が砕けそうな快感はおぞましいだけで、背筋が震える。
     まさか、男の自分が痴漢に遭うとは思わなかった。
     そういえばチカも心配していたっけ。
    『射精管理をしているあいだはフェロモンが垂れ流しになると思って、十分気をつけて。いい匂いがするきみに男が群がってくるからね』
     そう言われたときは、なにをばかなと思ったものだが、毎日ばらの香りのボディミルクを擦り込んだ肌からは、確かにふわりといい匂いがする。
     おまけに、とろ火の快感で焦らされて焦らされてどうしようもないところまで追いつめられているせいで、いかにも物欲しげな顔になっていることは、今夜会った橘を見ていてもわかった。きっと、自分もあんな顔をしていて、背後のような男を惹きつけてしまっているのだ。
     ――早く早く、駅に着け。もうだめだ。これ以上、我慢したらほんとうにおかしくなる。
     祈るような心境で強引な指遣いに、必死に耐えた。
     電車がホームに入り、扉が開いた瞬間を狙って振り向きざまに男の股間を思いきりねじ掴んだ。
     柔道部時代にぎっちり鍛えた握力は、いまでも自信がある。
     とたんにあがる男の悲鳴や周囲の乗客の驚く様子をものともせずダッシュし、途中であっと気づいてジッパーをあげつつ、駅を出てすぐにタクシーを捕まえて六本木へと向けてもらった。
     熱病のように震えが止まらない身体は、明日になれば解放されるが、もう一時間だって一分だって我慢できるものか。チカ以外に触らせたことのない場所を見知らぬ男に触れられた恐怖感や嫌悪感に押し潰されそうで、車窓の向こうに見える夜景も涙に滲む。
     店のあるビル前で車を降ろしてもらい、開店前のクラブ・ゼルダへと続く長い階段を駆け下りた。幸いにも、扉に鍵はかかっていなかった。
     いつも多くの客で熱気に包まれるフロアはまだ客が入っていないせいか広々と感じられ、とても静かだ。その中央で、椅子に腰掛けたチカがくつろいだ様子で、見知らぬ男と談笑しているのが視界に入ったとたん、ぷつんと緊張の糸が途切れた。
    「チカ!」
    「……センちゃん、どうしたの!」
     びっくりした顔で立ち上がるチカに駆け寄ってむしゃぶりつき、「いやだ、もう、……こんなのいやだ!」と感情を爆発させた。
    「どうしたの……」
    「でっ、電車のなかで、しらない男に……」
     泣きじゃくりながらひくっと喉が鳴ってしまうのは、敏感な場所をくすぐるいやらしい手つきを思い出したからだ。チカにも散々触られてきたけど、こっちの意思をまるで無視したやり方はされたことがない。
    「知らない男がどうしたの? センちゃん、落ち着いて、僕に話してみて」
     あやしてくれるチカの声はどこまでもやさしい。ハイカラーの白いシャツをとおして感じられる逞しい胸に熱い頬を擦り付け、南は「いやだいやだ」と涙声で繰り返した。
     普段だったら、男子たるもの人前で涙を見せるなど言語同断と思うのだが、つらい射精管理と初めての痴漢に遭ってしまった衝撃で、理性がものの見事に吹っ飛んだ。それに、チカの前ではもう散々泣いていて、いまさらという気もする。
     そばにいる眼鏡の男が興味深げな視線を投げてくることなど、どうでもいい。いまは、チカに慰めてもらい、彼の体温を感じるほうが大事だ。
     馴染み深い、甘くてきりっとした芯を感じる匂いを胸いっぱいに吸い込むと、少しだけ平常心が戻ってくるようだった。
    「お、俺、さっき家に帰ろうと思って、でん、電車に乗って、たら……」
     言いかけたときだった。すぐそばで、「……ああ」と声があがる。はっと振り向くとついさっきまでチカと話していた男が立ち上がり、戸口のほうに顔を向けていた。
    「伏見先輩、待ってましたよ」
     独特の掠れ声に興味を惹かれて首をめぐらせると、スーツ姿の男がうつむきがちに歩いてくる。
    「約束の時間よりもずいぶん遅れましたね」
     丁寧だが、どことなく傲慢さが感じられる物言いをするのは、ワイシャツにネクタイ姿の男だ。細身ながらも鍛え抜いた身体らしく、敏捷性が感じられる。あの真柴と似たようなメタルフレームのスクエア眼鏡をかけた理知的な顔は冷ややかで、目の前に立つ男をじろじろと眺め回している。一見、普通のサラリーマンに見えるが、身体から発する威圧感は相当のものだ。
    「どうして遅れましたか。今日はあなたの部署、早めに引けたでしょう。九時には終わっていたはずだけど、どうしていままで来なかったんですか」
    「電車が……遅れた、から」
    「またそれ?」
     眼鏡の男はくっと笑い出し、シャツの袖をまくり上げる。そうした仕草ひとつも妙に研ぎ澄まされた印象があって、南は目が離せなかった。
    「何度同じような言い訳を聞かされるのかなぁ、まったく……。ふざけるのもいい加減にしろよ、俺はね、あんたが思うほど気が長くねえんだよ」
     言葉の途中からがらりと声音が変わる恫喝に、スーツの男も、南も同時に身体を強張らせた。
    「前に言ったはずだよな。もう一度時間に遅れたら、あんたは俺の管理下からはずすって。今日かぎりで俺はあんたの主人を降りる」
    「ごめん、加藤……俺が悪かった」
    「謝るのも何度目なんだよ。俺はつき合いきれない」
    「いやだ、おまえじゃなきゃ……」
    「それもあんたが決めることじゃない。その身体、ほかの誰かに可愛がってもらったら」
     鋭い言葉に、スーツ姿の男が弾かれたように顔をあげる。髪を綺麗に整え、やさしい感じの目元は潤み、くちびるも濡れて妙に色っぽい。けれど、普通にしていたら可愛い感じのする大人の男だ。なにを間違ってこんなところにいるんだか、と思わされるような清潔な印象だ。
    「いや……、いやだいやだ! 俺はおまえじゃなきゃ感じない……!」
    「だったらなんで最初から強情張るんだよ、ああ?」
     ぱしんと軽く響いた音に、伏見が「あ……」と目を瞠って頬を押さえる。
     思わぬ光景に、南もチカにすがりついてしまった。
    「あれが、このあいだ話した加藤誠司さんだよ」
     両手でしっかりと抱き留めてくれている男が、耳朶を噛むような感じで囁いてくる。
    「一年前からうちでプレイヤーとして活躍するようになったんだけど、高度なアナル調教とスパンキングで一躍人気になったんだ。奴隷志願もあとを絶たなくてねえ……。でも、いまのいちばんのお気に入りはあの会社の先輩、伏見さんみたいだね」
     叩かれて呆然としている伏見に近づき、加藤がその後ろ髪をぐっと引っ張る。どうやらさっきのは本気で叩いたのではなく、ぼんやりしている伏見の意識をはっきりさせるのが目的だったようだ。
     のけぞらされ、苦しげな顔をする男の喉元が晒されたことで、南は「――あ」と息を呑んだ。
     かちりとしたスーツの下に、伏見は革の首輪をつけていたのだ。加藤がネクタイを乱暴にむしり取り、シャツのボタンをはずさせたことですっかりあらわになる首輪は、伏見の清純そうな顔とは裏腹に、強烈な服従の精神を滲ませている。
    「こんなものつけてよ、外をうろついている自分がどれだけ変態か、いい加減認めろよ」
    「加藤……」
     自分よりも年下の男に髪を掴まれ、変態呼ばわりされている伏見はいまにも泣き出しそうだ。
    「泣くぐらいなら、ほら、あんたがどれだけいやらしいか、ほかのひとにも見てもらえ」
    「……え……あっ……、いや、いやだ、……加藤……ッ!」
     もがく男のシャツをむりやり最後まで開き、加藤がくすりと笑う。それから、伏見の胸の中央に垂れ下がる銀の鎖を引っ張り、こっちに向かって顎をしゃくった。
    「チカさん、どう。これ、かなりいい感じに育ってると思わない」
    「どれ?」
     チカに抱き締められたままだったので、南もその衝撃的な光景を目の当たりにしてしまった。
     無惨にもボタンが飛んでしまったシャツがだらしなく開いた伏見の両の乳首を、黒のクリップが挟みあげている。ねじ式できつく締め上げることができるらしいそれは根元に深く食い込み、まるで乳首を赤いぐみのように括りだしていた。
    「ニップルクリップを最近つけるようになってね。会社でも休み時間を利用して弄ってやってるんだけど、このひともなかなか強情で。そろそろ分銅をつけてやろうと思ってるんだけど、見てのとおり、俺との待ち合わせに遅刻したりなんだりで手を焼かせるばっかりなんだよ」
     加藤が真っ赤な乳首をぴんと弾いたことで、伏見がすすり泣くような喘ぎを漏らして顔をそむけた。白い肌に黒いクリップが鮮烈な色合いで、彼が身をよじるたびに胸の真ん中で揺れる鎖が澄んだ音をたてる。
    「へえ、加藤さんって乳首開発にも手を出すようになったの? あなたはお尻に愛情を抱くひとで、乳首にはあまり興味を示さなかったのに。だからスパンキングとアナル調教をメインにしていたんじゃないの」
    「もちろんそれも忘れてないよ。でも、この貴映はちょっと特別かな。とにかく苛め抜きたいんだ。……なあ、貴映。今日もこれ、自分でつけてきたんだろう? 気持ちよかった? 感じちゃった? あんた、どうしようもない淫乱だもんな。職場じゃみんなに好かれる先輩のくせして……頭の中じゃエロいことばかり考えて、毎日ここ、硬くしてさ。ゼルダに来たのだって、誰かに苛めてほしかったからだろう」
    「ん、――ん……」
     はしたない格好をチカと南の前に晒す伏見の目から、ぼろっと涙がこぼれ落ちた。
     可哀想で、とてもじゃないが見ていられない。そう思うのに、伏見のけなげな顔が羞恥に染まって絶妙な色気をかもし出し、ほかに目をそらそうにも無理だった。
     なめらかな首筋まで赤くして涙している男の背を押し出し、加藤が眼鏡を押し上げる。
    「よかったらチカさん、触ってやってよ。こいつ、まだほかの男の指を知らないんだ。スタープレイヤーのチカさんに触ってもらえば、いい経験になると思うんだ。あなた、乳首の開発うまいもんね」
    「……え、チカ……」
     待てよ、と南が言う前に、チカは婉然とした微笑みを浮かべ、「じゃ、ちょっとだけ」と右手を伸ばす。そのあいだ、左手は南の腰に回したままだ。
     ステンレスの頑丈なクリップに挟まれて充血した先端を、チカの指がきゅっとひねる。
    「ああ、うん……いい触り心地だ。加藤さん、いい鍛え方してるね」
    「ひっ……、ああっ、いや、やめて、離して……っ」
     ぐりぐりときつく乳首を揉み込まれる伏見は、狂ったように頭を振った。彼を羽交い締めにする加藤が手際よくスラックスのジッパーを下ろし、白いサポーターが巻き付く股間を乱暴に揉みしだく。
     彼も、射精管理をされているのだ。加藤の支配下に置かれて、つらい仕打ちを受けているのだ。
    「やめて、いや、いやだ……」
    「いやじゃねえだろ。ここをこんなにしておいて……あんたね、いま、俺以外の男に触られて感じてるんだよ。ほら、聞こえるだろ。こっちもぐちょぐちょだ。昼間にサポーターを替えてやったのに台無しにしやがって。信じられない淫乱だよ」
     残忍で冷静な声に、喉がからからに干上がっていた。
     見上げたチカの目も落ち着いていて、伏見の痴態をくまなく観察している。
     自分を抱くときとはまったく違う仕事用の冷淡な視線に、ぞっと背筋を震わせた。
    「……やめろよ、チカ! 俺は、――俺はもう帰る!」
    「あ……、センちゃん、……待ってよ!」
     あんまりな光景に頭に血がのぼり、腰に回る手を力ずくで引き剥がして、足早に歩き出した。
    「待ってよ、待ってったら!」
     店を出たところでうしろから肘を掴まれたが、振り返るものか。堂々とほかの男に触るチカなんか見たくない。
    「離せよ! ほかの男を触りたきゃ触ってればいいだろ!」
    「違う、あれは仕事上のことで――お願い、怒らないで。僕が悪かったよ。ほんとうにごめん」
     薄暗い階段を駆け上がる途中で強く腕を引っ張られて、足を止めざるを得なかった。
     どうしてこんなことになっているのだろう。
     チカとつき合っていると、普通じゃあり得ないことで感情を爆発させていることがよくある。
    「ごめん、……きみを怒らせるつもりはなかったんだよ。ねえ、こっちを向いてよ。きみにそっぽを向かれたら、僕はどうしていいかわからないよ」
     壁に押しつけられ、温かい両手で頬を包み込まれた。だけど、南は顔をあげなかった。なだめるようにそっと頬を撫でられても、そう簡単に機嫌を直してやるものか。
    「ごめんね、……ほんとうにごめん」
     続いてくちびるをそっとふさがれて、なんだかすべてがうやむやになってしまう。形ばかりに抵抗して胸を押しやろうとしても、そのぶん腰に回された腕に力がこもり、強く引きつけられてしまう。
    「……ッん……」
     舌を深く絡み合わせ、甘く感じられる唾液を伝い合わせた。南が好きなやり方で何度もくちびるを吸われて、再び頭の中がぼうっとしてくる。
     チカの仕事が性的なものだということはよくわかっているのだが、あんなふうに見せつけられてしまうと、やはりつらい。
    「さっき、なにか言いかけてたよね。あの話を聞きたいからホテルに行こう」
    「でも、……おまえ……ショウがあるんじゃないのか……」
    「今日ぐらいきみのために休みます。それに、今夜のメインはあの加藤さんだから」
     調子いいことを言う男に手を引かれ、ゼルダから歩いてそう遠くないラブホテルに入った。
     そういえば、ふたりでラブホテルに来たのは今日が初めてなんじゃないだろうか。それも当たり前だ。男同士の性行為をオーケーとするホテルは、そうそうあるもんじゃない。
    「大丈夫、ここは男女でも男同士でもいけるところだから。センちゃん、どの部屋にする?」
    「どの部屋って」
     無人のフロントで各部屋の写真付きパネルをざっと見ても、どこがいいなんてわからない。金曜の晩だけに結構な数の部屋が埋まっているようで、空き室を示すランプはまばらだ。
    「じゃ、ここにしようか。ハート型のお風呂があるんだって」
     ハート型だろうがスペード型だろうがどうでもいいのだが、うきうきした声のチカはカードキーを受け取り、南の手をしっかりと掴んで部屋に向かう。
    「先にお風呂に入る? それとも、なにかして遊ぼうか。こんなホテルに来るのって初めてだよね」
     どぎつい色合いの部屋で浮ついた恋人の姿を忌々しげに見つめ、南は真っ赤なサテンの上掛けとピンクのシーツで調えられたまこと悪趣味な丸いベッドにどすんと腰を下ろし、「チカ」と鋭い声で呼んだ。
    「ん? やっぱりお風呂に先に入る?洗いっこしながら話そうか」
    「……いいから、ここに座れ!」
     癇癪を起こす南に、チカも不穏なものを感じ取ったらしい。部屋のあちこちを見回るのをやめて、「……はい」といつになく殊勝な態度で隣に腰を下ろした。
    「ゼルダに来る前……、俺、電車の中でさ」
     息苦しさにネクタイを引っ張り、苛々と呟いた。
    「俺……、知らない男に、触られたんだぞ」
    「え、……えっ! ちょっと待って、ど、どこ、どこ触られたって……いうの……」
    「……下」
     チカの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。その勢いたるや、南でさえも「大丈夫か、おまえ……」と呟いたぐらいだが、本人はショックのさなかにあって顔色など気にしている場合じゃないらしい。
    「痴漢、だったんだ。三十代ぐらいの男で、俺のあそこ……サポーターの上から触ってきて……ってうわ、おい、チカ!」
     最後まで言い終えないうちに、チカががばっと覆い被さってきた。
    「ごめん、ごめん……! センちゃんがそんな目に遭っていたなんて知らなくて、……ほんとうにごめん……」
     首筋にしがみついて謝罪を繰り返す銀色頭を見ていると、ため息しか出てこない。
     言えばショックを受けるだろうなと思っていたが、こんなにも強く反応するとは思わなかった。
     それよりも、しつこく身体に残っている不快感をどうにかしたい。チカの逞しい身体を重ねられていることによる、熱も。
     彼の背中に手を回し、「……まだ、感触が残ってるんだ」と呟くと、びくりと身体を震わせたチカが、いやに強張った顔を寄せてくる。
    「僕はどうすればいい? 教えて、千宗の言うとおりにするから」
    「……おまえが……触ってくれよ。あの男が触ったとこ」
     自分にしては思いきった発言だった。だけど、きついサポーターで締め付けられている下肢も、チカが触れている胸も、さっきキスしてもらったばかりのくちびるも、どこもかしこも疼いてしょうがない。
    「チカは俺の恋人なんだろう。だったら……俺の身体からあの男の感触を消して、感じさせろよ……」
    「千宗……」
     いつになく強気な発言に、チカも魅入られたらしい。
     しばらくそうして南の顔を見つめていたが、やがて、「……うん、わかった」とこくりと頷き、もどかしい感じでくちびるをふさいできた。
     思えば、ゼルダのプレイヤーという後ろ盾をなくしてチカが触れてきたのは、今夜が初めてかもしれない。
     一分の隙もないほどに身体をぴたりとくっつけ合い、南から呼気を奪うようにくちびるを重ねてくる。
    「千宗……」
     両手を頭上で拘束された。馬乗りになったチカがくちびるが強く強く、押し当ててくる。いつもは余裕が感じられるキスも、今夜はいっぱいいっぱいらしい。息苦しさに南が喘いでも長い舌で口内をまさぐってきて、口蓋や歯列を執拗に舐めて唾液をあふれさせていく。
    「その男に、キス、されなかった? 大丈夫だった?」
    「……うん……」
     早くもとろけてしまう意識で頷くと、目と鼻の先でチカがほっとしたように笑う。
    「よかった……このくちびるをほかの誰かに奪われたら、僕は到底生きていけないよ」
    「ん――ッ……」
     髪をきつく掴まれて、深くむさぼられた。口内を犯されるだけではなく、くちびるの表面も丁寧に舐められるのがたまらなく気持ちいい。
    「……あぁ……チカ……」
     サポーターにくるまれた陰嚢がずきずきと痛み、脂汗が浮かんできた。一刻も早くどうにかしてほしい。この熱を、解放してほしい。
     忙しない手つきで服を脱がしてくれたチカが、おもむろに自分のシャツに手をかける。
     その手を押さえると、「え」とチカが驚いた顔を向けてきた。
    「たまには俺にさせろ」
    「……うん、じゃあ」
     はにかみながら、お願い、という男のシャツのボタンをはずして、革の黒いパンツを脱がそうとしたときだった。
     思ってもみないものを目にして、「どうしたんだ、これ」と声をあげてしまった。
     チカのそこが、自分と同じようなサポーターで覆われているのだ。
    「なんでおまえまで……」
    「だってきみと僕は一蓮托生だから。きみがどんなにつらいか、自分の身をもって知らないとだめだと思ったんだよね。……あー、この一週間は地獄だったよ……。千宗のそこも、腫れ上がるぐらいに勃起してるでしょう。あのね、僕も」
     ふふ、と悪戯っぽく笑う男の無駄のない身体に見とれた次に、うっすら割れた腹筋からやや下に、白いサポーターがぎっちり巻き付いていることに目を奪われた。収縮力が相当強いらしく、表からは彼の巨根っぷりがよくわからないが、サポーターを引きずり下ろした瞬間、涙目になってしまった。
     先端をぬらぬらと光らせた肉棒が濃い茂みを押しのけて、ぐんと反り返っている。チカ自身も射精を我慢していたらしく、触ってもいないのに南が見ている前で、つぅっと透明なしずくが割れ目から垂れ落ちて糸を引く。
     赤黒く充血し、太く浮いた血管を走らせる男のそれを見ていると、喉がごくりと鳴ってしまう。チカの見た目は誰よりも研ぎ澄まされているのに、こんないやらしいものを持っているのかと思うと、知らずと腰が揺れる。
    「すご……いつもより、大きい……」
    「ん、……きみの中に挿りたくて挿りたくてしょうがなくて、毎日勃ちっぱなしだったよ。もともと自慰はそんなにするほうじゃないけど、あんなに乱れる千宗を見せられたんじゃね。ほんとに気が狂うかと思った」
    「……俺だってそうだよ……」
     ベッドサイドに置かれたローションを手を濡らし、尻の狭間を探ってくるチカに、南は身悶えながらも彼の胸にあるちいさな尖りをつまんでみた。
     色素も薄く、つんと尖っているだけのそこを見ていると、なんだか変な気分になってくる。
    「な、なに、ちょっと千宗……っ」
     突然のことにびっくりしているチカが可愛い。反応のよさからして、ひょっとして、誰にも触らせたことがないんじゃないだろうか。
    「おまえでも、ここって感じるの?」
    「いや、あの……なに、もう……射精管理するときみって人格変わるの?」
     男らしいのに艶めかしい吐息を漏らすチカが苦笑しながら、「仕返しだよ」とローションで濡れた指でぬちぬちと孔を拡げてくる。「すごいね、僕の指に粘りつくよ」という声に、全身が赤くなるほど感じてしまった。
     油断すると、とめどなく達してしまいそうで怖い。チカの胸をまさぐり、自分と同じように感じさせることに躍起になった。
    「あっ……ぅ……ん、な、……なあ、さっき、伏見って男の、ここ、……こんなふうに触ってただろ……」
    「してない、そんなふうにいやらしく触ってないよ。あれはもっと実験的な意味合いだったんだってば。信じて。……ねえ、千宗……意地悪しないで、もう挿れさせてよ……」
     せつなげな顔で求められるのが嬉しい。たいていの場合はチカが主導権を握っているだけに、こんなふうに頼み込まれるなんて、いままでになかったんじゃないだろうか。そういう南も、せっぱ詰まっていた。チカを欲してひくつくそこが信じられないぐらいに、熱くてとけてしまいそうだ。
     物欲しげにうごめく粘膜を長い指でやさしく探られ、擦られることで奥へ奥へと浅ましく飲み込んでしまう淫らな収縮に顔を赤くし、南は、「だったら」と言い募る。
    「俺には、いつも、……どんなふうに触ってるんだよ……」
    「知りたい?」
     こくりと頷くと、チカの両手が腰に回った。
    「それじゃ、教えてあげるから上に乗って。……ごめん、今日はもう限界」
     待てない、と掠れた声が、彼らしくない獣っぽさを交えていて、たまらなかった。
     身体の位置を変えてチカにまたがり、猛るそれを掴んでそろそろと腰を下ろしていく。騎乗位はあまり得意じゃない。下から挿し貫かれるのは刺激が強すぎるし、よがり狂う様をすべてあますところなく見られるのかと思うと、恥ずかしくてしょうがないのだ。
     それでも、今日は四の五の言っている余裕はなかった。愛撫されて、とろけそうになっている窄まりをきつく押し開きながら、笠の張った亀頭がぬぷりと挿ってくる。
    「あ――あ、あ……ッ!」
    「うわ……すっごい……熱い……」
     いちばんきつい場所を擦られて、ひとたまりもなかった。
     この六日間、我慢に我慢を重ねた自分のそこがびくびくと跳ねたのだが、いつものような勢いのある感覚ではない。細い管が焼け付くような、どろっとした濃い蜜がそこから少しずつ漏れ出るような狭くて深い射精感に、ほんとうに涙があふれた。
    「ッん……ぁ、あぁ……なんだ、これ……やだ、……いやだ、おかしくなる……っ」
    「……気持ちいいでしょう。射精管理をすると、感覚が鋭くなるんだよ。射精感だけじゃなくて、こっちももっと感じるようになっているはずだよ。千宗のここ、すっごい気持ちいい……いつもより熱くてやわらかい。とけちゃいそうだよ。これなら絞め殺されてもいいな」
     汗ばむ胸を反らして笑うチカが尻にぎゅっと指を食い込ませて寄せてくることで、内を抉る男根の逞しさがよりリアルに伝わってくる。
     ほんの少し腰を揺らされただけで、脳髄が痺れるような凄まじい快感が走り抜けた。
     それをきっかけに、止まれなくなった。痴態を見られることに気を配ることもできない。
     おかしくなるぐらいに腰を振って、チカを最奥まで感じることで精一杯だ。
    「い、いやだ、ああっ、もっと……もっと奥、チカ、……んっ、やだ……」
     ねだったそばから自分のはしたなさに悶えて泣きじゃくる南が胸をのけぞらせると、長い腕が伸びてきて、乳首をつままれた。腫れて尖る肉芽をくりくりと転がし、揉み込む仕草が快感を増幅させていく。
    「……ちがう、ちがう……」
    「なにが違うの? 千宗?」
     狭い感覚に顔をしかめるチカの首にしがみつくと、ぴたりと重なる身体の奥に感じる律動がさらにはっきりするみたいだ。
    「さっきの、男に、してやったのとは、違う……よ、な……ッあぁバカ……そんなに、強くしたら、出る……っ」
     絶対に違う、という声と一緒に敏感になりすぎている乳首を押し潰されて、またあの感覚が襲ってきた。熱くてどうしようもない体液が絞り出されていく快感に眩暈を覚え、チカの肌を汚す精液を見て、また泣いた。
    「ごめん……、俺、ばっかり……」
    「大丈夫、……僕もいきたい。きみとどろどろになっちゃいたい。ね、出していい? きみの中に出してもいい?」
    「ん……っ出して、いい、……いいから……」
     身体をつなげたまま、ぐるっと上に乗ってくるチカに顔中キスされて涙を吸い取られ、いやだと言えるバカがいたらお目にかかりたいものだ。
     今日のチカが、いつになく身近に感じられるのは気のせいだろうか。
     南の感じるところを攻めながらも、「僕だって我慢できない」と鋭い目元を赤くするところは、ゼルダ至上における伝説のプレイヤーのイメージとかけ離れている。おなじみの長い長い言葉で南を悶絶させることもない。
     ――こいつも、こういう顔をするのか。
     さざ波のように胸を満たしていく愛情に南が涙混じりに微笑むと、チカも嬉しそうにくちびるをほころばせる。それから、ふいにちいさな声で、「ごめん」と呟く。
    「ごめん、……手加減できない。めちゃくちゃにするから」
     欲情で掠れた声にぞくっと身体を震わせたのを機に、太い楔でひと息に貫かれた。
    「んん……っ!」

     チカの重量のあるそれで熱のこもる肉襞を容赦なく突き上げられてしまえば、自分でもどうかしていると思うほどの喘ぎ声と快感がほとばしる。両手をぎっちりと掴まれてシーツに縫い止められ、しがみつくこともできない。
     チカもいつになく真剣だった。長いこと抑制していた衝動を弾けさせ、淫らに腫れて潤む南の最奥に逞しく漲る雄を挿入してきつい締まり具合を確かめたあと、ぎりぎりまで腰を引いて狭い入口の縁を何度も擦り、あとはもう、勢いのままに揺さぶった。突きまくった。南がひときわ掠れた歓喜の声をあげる場所を見つけると、そこを重点的に突き上げ、たっぷりと蜜をつめた陰嚢も揉み込んだ。柔道で鍛えた互角の体躯を持つ南が激しく乱れ悶えても、力に任せて押さえ込み、猛々しく腰を使った。
     一度達したのに南のそこは硬度を保ったままで、チカの固い腹に擦られてだらだらと精液をこぼす。
    「千宗、いい? 気持ちいい?」
    「ぅ――ん、ああっ、あっ、チカ、突いて、そこ、……も、もう……ああっ」
    「いきそう? いきたいって言って千宗、僕も一緒にいくから声を聞かせて」
    「ん、ん、いっちゃう、いかせて、あぁっ、――あっ、あ、あ!」
     チカの腰に絡み付けた両脚を強く引き絞るのと同時に、熱く、どろどろしたものを奥に放たれた。
    「あぁ……」
    「まだ、……出させて、全部……まだだよ……」
     長く続く射精が、チカの情の深さを表しているようだった。受け止めきれない精液がつながっている場所からとろりとあふれ、腿を伝い落ちていく。
     倒れ込んでくる男の背中を抱き締め、互いに荒い息の下、笑い合った。
    「こんなにいいなら、我慢した甲斐もあったよね。千宗のあそこがあんなにきゅうってひくつくなんて、初めて」
    「……バカ……やらしいこと言うな」
    「僕の腰に巻き付いてる内腿も、やわらかく湿ってて気持ちよかったよ」
    「おまえが、……毎日手入れしてくれるからだろ」
     息を切らしながら、こめかみに滲む汗を手の甲で拭ってやると、チカも同じことをしてくれる。
     少しでも離れるのが惜しくて、そのまま抱き合っていると、意識しなくても内側がうねってしまう。硬さを残したチカのそれをやわらかに包み込み、また新しい感覚が生まれそうだ。
    「あ、千宗、まだいけそう?」
    「うん、……なんか今日はだめだ、コントロールできない……」
     いったい、なんのために快感をコントロールしていたのかわからなくなるほど、気持ちよすぎて止まれない。
    「でも、まずくないのか。射精管理の期間終了前なのに、こんなことしちゃってさ……。お試し奴隷のときも俺、一週間保たなかったよな」
     忘れていたわけじゃないにしろ、どうにも歯止めがきかなかった。あそこでもしも、「我慢して」と言われていたら、問答無用でチカの襟首を掴んで押し倒していたと思う。
    「大丈夫だよ。きっとみんな、我慢できてない」
     可笑しそうに喉奥で笑うチカがゆるく揺すってくる。残滓を絡ませたぬめぬめとした動きが妙に卑猥だ。
     一度終わってもなかなか抜かないのはチカの癖だ。弛緩していく千宗のあそこが気持ちいいんだ、と露骨なことを前に言っていたから、いまもそうなのだろう。
     あの最中よりもゆっくりした動きで収縮する南の内襞に自分のそれを擦り付け、硬さを取り戻そうとしているみたいだ。
    「加藤さんもきっと今夜のショウが終わったら、伏見さんをめちゃくちゃに可愛がるんじゃないかな。あのひと、さっきはあんなに怖かったけど伏見さんだけは別格らしいんだよ。散々苛めて泣かせたあとに、伏見さんがすがりついてくるのが可愛くてしょうがないって言ってたよ」
    「……わっかんねえな、そういう心理。可愛いなら、最初からそういうふうにしてやりゃいいのに……」
    「そこがSMの奥深いところです。伏見さんのほうも、たぶんこころの奥底でひどくされたい、加藤さんに苛められたいって願ってるんだよ。加藤さんの管理は厳しいからね、今後どういう変化を見せてくれるか楽しみだよ。それに、真柴さんと橘くんのところも、新しい段階に入ったって聞いた?」
    「あ、うん……このあいだ橘がうちの会社に来て、ハアハアしながら教えてくれたよ。その……あの、……男根調教が、始まるって……それって、いま俺とおまえがしてる、ようなこと……?」
    「そうだよ。向こうはもっと手厳しいけどね」
     形のいいくちびるをきゅっとつりあげて、チカが微笑む。
    「でも、ご主人様のペニスを愛するのと、恋人のここを愛するのって、そう変わりないと思うな。千宗はどう? 僕のここ、大好きでしょう? いつも、僕の大きくて太いこれをお尻にはめてって泣くもんね」
    「泣かない」
    「泣くよ」
    「泣かないって言って……――ッん……」
    「じゃ、もう一回泣かせてあげる」
     くだらないことを言い合っているうちに身体の中に感じる彼のものはすっかり熱く勃ちきり、硬さも十分だ。
     焦れったく動き始めたチカにすがりつく以外なにもできないが、悔しいわけじゃない。
     軽く、反応を試すようにずくんと奥を突かれたことで、痺れるような快感がそこから広がり、思わずのけぞった。
    「チカ……」
    「もっともっと、しよう。僕らは、つらいときも、気持ちいいときもいつも一緒だよ」
     なんとチカらしい言葉かと南は笑う。
     自分としても、もちろん異論はない。十年前からともに畳の上で汗を流すよきライバル、よき友として、互いの力を競い合ってきたからこそ、今日この日があるのだ。
    「愛してるよ、千宗。絶対に離さない。絶対に、誰にも渡さない……」
     鼓膜にじわりと染み渡る声に、うん、と頷いた。
     頭が銀色で、右耳に一カラットのダイヤモンドを飾る男は、多くの奴隷を従える伝説のSMプレイヤー。だけど、こうして自分を抱き締めてくれているときは、南だけを視界に映してくれる情熱的な恋人だ。
     俺もだよ、と甘くとけゆく声で応え、あとは快感に任せた。

     

     

     

      エピローグ

     

     


     開店前の店に、三人の男がいた。
     ひとりは、隆とした体躯に三つ揃いのスーツを隙なく着こなし、メタルフレームの眼鏡をかけた三十代の男。どこからどうみてもエリート然とした雰囲気だが、眼鏡の奥の目は冷酷な光を宿している。
     もうひとりは、やはりスーツを着たサラリーマンで、細身ながらもしなやかな動きが目を惹く男だ。スクエアのメタルフレームの眼鏡で獰猛な感情を抑え込み、皮肉っぽい笑いが板についている。
     最後のひとり――「ああ、ごめん、遅くなった」と艶やかに笑いながら階段を駆け下りてくるのは、プラチナシルバーのベリーショートという奇抜なヘアスタイルがぴたりとはまる男。初夏の季節に似合う、サンドべージュのシャツとゆったりしたパンツがこなれた雰囲気で、ほかのふたりとはまったく違う独特の色気を滲ませている。
    「遅いよ、チカさん。約束より十分遅れてる」
    「ごめんごめん。家を出てくる前にちょうど千宗が帰ってきてさ、乳首を弄ってたら遅くなっちゃった」
    「今度もし遅れたら、今度の俺のステージで、チカさんをスパンキングしようかな」
    「そんなことしたらうちの千宗が倒れます。勘弁してよ、加藤さんのスパンキングってレベルの高い奴隷もなかなかついていけないぐらい、きついじゃない」
    「いいじゃないか、たまにはおまえもステージにあがれよ。脱げばすごいんだろ。そういうのを見たがってる客は多いんだ」
     ふっと煙草の煙を吐き出す三つ揃いのスーツの男をやわらかに睨み、「あのね」とチカは笑いながら壁面に並べた椅子を引っ張ってきて、彼らと向き合うような形で腰を下ろした。
    「真柴さんにも僕の身体を見せびらかしたいのはやまやまだけど、減るからだめです」
    「なに言ってんだか」
     笑いながら真柴が煙草を勧めてきたので、「じゃ、一本」と手を伸ばすと、かたわらの加藤がすかさずマッチを擦ってくれる。
    「すみません。……あー、でも楽しかったね、この一週間……夢のようだったよ……」
    「ほんとうにな。一部は悪夢かと思ったぜ。うちは男根調教も始まってるから、毎日なだめすかして大変だった。いきなり俺を挿れるのはつらいだろうからって、ローターで馴らしてやったのに、張り型になったら気が狂ったみたいに暴れたんだよ。手は噛まれるわ、蹴っ飛ばされるわ、……おかげで昨日は散々だった。あんな気性の激しい犬は初めてだ」
     ぐるりと首を回して顔をしかめる真柴に、チカも加藤も笑い出す。
     彼がいま支配下に置いている奴隷の橘美散のきつく整った容姿を脳裏に描き、ああ、彼ならしょうがないと思ってしまうのだ。
    「あの子もねえ、あの気の強さが個性だと思うから……そこを生かしてやったほうがいいのかもしれませんよ」
     めったに煙草をやらないチカが色っぽくくちびるを尖らせて煙を吐き出すと、「おまえが手放したんだろうが」と渋面が返ってくる。
    「生意気で手こずるからってバイヤーの俺に押しつけたんだろうが。勝手なこと言うな」
    「えー、でも最近の真柴さん、ほかの奴隷に割く時間より橘くんに関わっているほうがずっと長いって聞くけど」
    「しょうがないだろう。思った以上に手がかかるんだよ」
     口では不満を漏らしながらも、真柴のそれは笑い混じりだ。
    「来週ぐらいには、俺を受け入れさせるようにしておく。そうしたら、チカも加藤も一度味を見てみるか」
    「俺は、ちょっと遠慮しておきます」
     加藤が肩をすくめ、「こっちも手一杯なんで」と続けたことで、チカは「へえ」と目を丸くして彼をのぞき込んだ。
    「伏見さん、そんなに大変? 結構従順そうに見えるけどね」
    「いや、俺はもともと従順なタイプには興味がないから。仕事で見るぶんにはそれもありだろうけど、個人的に抱える奴隷は反発力の強い男じゃないとやる気が起きないんだよ」
    「ああ、……うん、それすごくよくわかる。僕の千宗もそうだもん。一度でいいからゼルダのショウに出てほしいって言ってるんだけど、あの羞恥心の強さじゃ、まず無理だろうなぁ……」
     喋っているうちに、うっとりした声になっていたのだろう。真柴が椅子の脚を蹴ってきた。
    「犬相手に気持ち悪いこと言うなよ」
    「千宗は犬じゃありません。僕の運命の恋人で、たったひとりの奴隷なんです。いつだって、彼は僕の胸に棲んでいる。千宗に出会ったとき、これが運命なんだってわかったんですよ。見た目だけで言うなら、彼よりも美しくて可愛い男がいるかもしれない。聞き分けのいい子を求めるなら、もっと素直な子がいると思う。――でも僕は、思いやりと常識があって、編集者という仕事に誇りを持ち、羞恥心を強く抱えている男にどうしようもなく惹かれるんですよ。そういう男だからこそ、辱めたくてしょうがない。僕のSMという趣味を必死に受け止めてくれる千宗を生涯にわたって全力で守ると同時に、めちゃくちゃにしたくなるんですよ」
     心臓に埋まるきらきらした宝石を捉まえるように左の胸を押さえるチカの仕草に、真柴と加藤は一瞬顔を見合わせ、ややあってから、「……そうかもな」と呟いた。
    「調教の基本はそこだよな。ひた隠しにしている欲望を抉りだして、羞恥心を切り崩すことだ」
    「奴隷の泣き顔が、俺たちにとってのエクスタシーですからね。――運命の恋人が、運命の奴隷か。いいな……、それ、ちょっとだけ憧れますよ」
    「たったひとりの奴隷、か。どんなもんだろうな……」
     加藤に同意する真柴の言葉が、それぞれの胸に、それぞれの男の顔を映し出す。
     仕事で奴隷を多く抱える以上、個人的な趣向を貫くのはなかなかにして難しい。もし、プライベートで奴隷を持つことができたら。そうすることを自分に許したら、どうなるのだろう。
     幅広い知識を養いたかったから、ゼルダのプレイヤーとして名を連ねているが、たったひとりにのめり込むことで得られる経験は、百人を相手にするよりも深い味わいがあるかもしれぬ。
     自分の言葉に、体温に涙してくれる、それぞれの胸に棲む男を想うチカたちのあいだに、煙草の煙と一緒に心地よい沈黙が広がっていく。
     とはいえ、三名が三名とも、いまのゼルダを背負って立つスター中のスターだ。誰ひとり欠けても店は成り立たないし、万が一このうちの誰かがステージを去ってしまったら、悲しみに暮れて立ち直れなくなる奴隷が続出するに違いない。
     真柴も、加藤も、チカも、この界隈に属する多くのマゾヒスティックな男どもに夜ごと夢を見せる存在だ。胸に刻んだ運命の恋は恋として、主人として磨き抜いた腕を存分にふるう時間が、今夜もまもなくやってくる。
     プラスティックフロアが白くまぶしく発光するステージに奴隷をかしずかせ、震えた声で宣誓を述べさせる時を想像しただけで、背筋がぞくぞくしてくる。
     ふと、控え室からボーイのひとりが顔を見せて、「チカ様」と声をかけてきた。
    「そろそろ開店準備を始めますから、真柴様も、加藤様も控え室のほうにどうぞ。こちらでお茶をお入れします」
    「わかった、いま行く。……ねえ」
     チカが吸い終えた煙草を手元の灰皿に押し潰し、笑顔で立ち上がった。
    「僕らの管理組合の次の議題はどうしようか。今回の射精管理をもし失敗したら、僕が真柴さんたちの管理下に置かれるって話を千宗は真面目に信じてくれてね。あのときの千宗ったら、ほんとうに可愛かった……。みんなのところもそうでしょう?」
    「ああ、疑いもせずに信じた」と真柴が言えば、隣の加藤も、「うちも」と笑う。
    「このうちの誰かにねじ伏せられるかもしれないって考えただけで、そりゃ本気になるってもんでしょう。俺が真柴さんやチカさんに突っ込まれるところを見たら、うちの伏見先輩は間違いなく倒れるよ」
    「それは俺のところだって同じだ。美散はああ見えてなんの経験もないんだから、刺激が強すぎる」
    「あのね……奴隷自慢はいいからさ、次の議題を考えて。管理レベルの引き上げって見極め時が難しいけど、いまだったら問題なくいけるんじゃないかな。射精管理をすることで、我慢の末に気持ちいいことが待ってるって彼らもわかったと思うんだよね」
    「だったら次は乳首管理でもするか。加藤、おまえのところはもう始めてるんだったな? どうだ、進み具合は」
    「ニップルクリップもいいみたいなんですけど、もしかしたら羞恥心をかき立てるのにはニップルキャップのほうがいいかもしれません。チカさん、あなた、なにかいい商品知らない?」
    「知ってる知ってる。ドイツ製でいいのがあるから、あとでカタログを見せるよ。黒いキャップで根元から括り出すのがあってね……」
     笑いさざめき、プレイヤーたちは店の控え室へと姿を消していく。
     夢の夜の幕をあげるために。


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    書いた記事数:49 最後に更新した日:2017/12/08

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